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2008年9月

2008年9月28日 (日)

「スリムな市役所」と「(総合的)地方政府」の矛盾?

■昨日の(再開)地方自治講座に11人がご参加いただいた。中央公民館(市役所隣)という地の利もあったかもしれないが、「地方分権改革推進委員会・第一次勧告を読む」というマニヤックなテーマにしては盛会だった。その「第一次勧告」においては64法律359件に及ぶ都道府県から市町村への権限移譲が提起された。例えば「建築確認事務」「介護保険事業者の指定、指導監督事務」「小中学校教職員の人事・給与、学級編成・教職員定数の決定」「NPO法人の設立認証、指導監督事務」などを都道府県から市町村へ移せということである。

■ワタシ的にもっとも関心の高い「教員の人事権移譲」が「当面中核市まで先行実施」という踏み込み不足には不満だったりの少し地味な「勧告」だけど、今年度中に、例の役に立たない農政事務所など国の出先機関廃止の「第二次勧告」(第三次勧告)を経て、来年度中には「新地方分権一括法」の国会提出が予定されていることが確認された。もっとも政権(交代?)によっては民主党が地方分権で官僚支配を解体すると言っているのでさらに分権改革は加速することもあるよねという話も出た。

■そこでシャープなツッコミが入った。「ッテ言うことは、今狛江市でも財政再建と小さな政府(市役所)づくりにがんばっている(?)のに、分権改革で仕事が増えて(行政守備範囲の拡大)大きな政府になっちゃうって言うことですよね」(ソーナンです、だから骨太な改革論が迫られていると清水が言い続けてきたのです)市民にはより総合的なサービスが身近な市町村で供給されるという結構な分権も、「役所」の人々にとっては、少ない人数で多くの仕事をこなすという二重苦のトンデモない世界が待っている(?)ということになる。

■えーそんなこと聞いてないよと、未だ分権改革が実感の世界に入ってない市役所職員や市議会議員が大半だという証拠に、9月議会一般質問のテーマにこの分権改革を取り上げた議員が1人もいなかったという状態にあることも紹介しつつ。次に6月市長選挙のマニフェスト評価(3候補者)に話題を移した。そこでわかったことは4選を果たした矢野市長の視界にもまったく2009年分権一括法は入っていない(目先の美辞麗句マニフェスト)だったという話が出た。だから来年度予定の狛江市総合基本計画(20年ないし10年計画)改定作業にも分権改革は大きな影響があるってことであり、その準備を如何に進めているかってこともやっぱり誰もツッコミを入れない市議会はナニを考えているのだろうという話になった。

■そこで当然ながら、こんなノーテンキの狛江市はサバイバル自治体間競争に生き残っていけるのだろうかという話になった。「市長選マニフェストでも3者とも触れなかった狛江の合併問題をもっと真剣に市民は考えなければダメなんじゃないですかねえ」というワケである。そうなのです。「さもなくば合併拒否宣言の矢祭町(福島県)のように究極の小さな役場・ボランティア議会、そして公共空間を担う豊かなコミニティー(和歌山県田辺市の例も出されました)という制度設計が必要になるワケですよね」という議論に発展していった。

■おりしも民主党・分権調査会(玄葉光一郎会長)が総選挙マニフェストの柱である地方分権の工程表をまとめたというニュースがあった。「10年で700程度まで(現在約1800)市町村合併を進め、最終的に国と300程度の基礎自治体(人口30万)による新たなる『国のかたち』をめざす」「政権交代後の09年度にひもつき補助金を廃止し、地方が自由に使える一括交付金の基本法(地方分権法)を策定」などである。さあ(狛江市の民主党議員を除いてほとんどワカッテいない)民主党系市会議員さんをはじめ議員、自治体職員、市民の皆様よ。「いわば明治維新以前の江戸時代に戻す『廃県置藩』だ(榊原英資・早大教授)」という革命に想像力を働かせましょうね。

■そんなワケで、次回第7回地方自治講座10月25日(土)公民館第4会議室(午前9時半~12時)では皆様のご要望である「分権改革でドー変わる市役所の仕事」を解剖すべく現在の事務事業、約500種類(と分権一括法で増える○○事務事業)とはどんなものがあるか総点検・たな卸しに挑戦してみようということになった。市役所の「出前講座」なども出来たら活用したいねということになった。乞うご期待。また近づく総選挙の各党マニフェストなんかも見てみたいねという提案もありました。詳細はまたお知らせします。
2008年09月28日(日)13:17

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2008年9月18日 (木)

五十嵐敬喜「憲法改正論」に脱帽

■フクダさんの前のアベちゃんが「戦後レジームから脱却」とかで「憲法改正」を高々と掲げ、現にその手続法である「国民投票法」を成立させたのが昨年の5月だったということさえすっかり忘れられていますよね。その頃のアベちゃんは大仕事をやり遂げた充実感でとても元気だったかもね。それはともかく、例のポスト福田の自民総裁選でもそうですが、すっかり憲法改正なんて政治の舞台の蚊帳の外になっていますよね。小泉改革の結果(?)としての「格差」や「消えた年金」を頂点とした年金医療不安そして不況など生活に直結するテーマの方が優先だろーというワケですよね。

■そんな政治の舞台から消え、誰も言わなくなった「憲法(改正問題)」をたぐり寄せようとしているのは「市民自治の憲法理論」(松下圭一)を暇つぶしに読んでいたことと、ピースボートでの出来事(情報公開・表現の自由否定の船内生活と「9条を世界に広めよう」護憲運動への疑問)がきっかけでした。ワタシラ(地方6団体)は地方分権改革こそがこの国の持続可能な発展の必須課題であり、分権型社会こそ「国民に夢と希望をもたらす新しい国のかたち」だと言って来た(平成18年新地方分権構想検討委員会・通称「神野委員会」)。

■だから国のかたちを定める「憲法」とその改正論議にも大いにコミットすべきなのだが、とかく地方分権がどこまで議論されているかという観点にとどまっていた。(それは改憲VS護憲の政治(政党)対立に巻き込まれたくないというギョーカイ的政治判断でもあった?)しかし、そういう消極的な態度では分権型社会(と国のかたち)のイメージも曖昧なままであり、国民に熱気を持って迎えられる分権改革運動にならないことを知らしめてくれたのが、五十嵐敬喜の「憲法改正論」だった。

■ご存知のように憲法改正論議が政治日程に上ってきたのが2000年の国会憲法調査会設置からであり2005年最終報告書(衆参)議決そして2007年改正手続法可決であった。これに対応して法大教授五十嵐敬喜は大学院「立法研究会」等を足場に2002年『市民の憲法』2005年『憲法改正論』2007年『国民がつくる憲法』を発刊して「改憲派」「護憲派」とも違う「憲法修正案」による「論憲」を世に問うたのだった。それは高野孟(インサイダー)との「市民版・憲法調査会」運動と連動した動きだった。ちょうど多摩の自由民権運動が「五日市憲法草案」を提起したように、市民(国民)にこそ憲法(改正)提案・制定権があるという発想からだった。

■憲法制定権力は本来国民にあるなら、ナゼ発案権が衆議院100名、参議院50名の議員(国民投票法)なのだ。「議会は憲法によって設けられた一機関に過ぎない。その議会が憲法をつくる(変える)ことができる理論的にはクーデターにも匹敵する越権行為ということになる。それでは誰が憲法をつくることができるのか、それは権力の最高保持者である国民に他ならない」さらに与野党伯仲の政治状況と国会発議の三分の二条項が改正論議を妥協的限定的にしている。だから「超国家」のEU憲法の時代に一国ナショナリズム発想しか出てこない。これが「囚われの憲法改正論」である。

■五十嵐さん達の議論は実に壮大であり明快だ。「アジア憲法構想」では、戦争をなくす道は国家の壁を取り除くことであり、「国家主権の超国家への委譲」(グローバル化は避けられない)と同時にEUがそうであるように「補完性の原理により地域への国家主権の委譲」が進む(これは松下圭一の「分節政治」に対応している)。「大統領制」「国民投票」について「二十一世紀の憲法は、ギリシャの直接民主主義から近代の間接民主主義、そして再び現代の直接民主主義へという2000年来の巨大な変化に対応するものでなければならない」との認識に基づいている。とにかく一度お読みいただくことをお薦めします。次はゆっくり『国民がつくる憲法』を読む。

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■こまえ地方自治講座(第6回)

■「分権改革委員会・第一次勧告を読む」
今年5月28日に政府に提出された勧告(40頁)の副題は~生活者の視点に立つ「地方政府」の確立~であり、「主として基礎自治体である市町村の自治権の拡充をはかる諸方策について勧告した」ものと云われている。今後「分権推進計画」策定にあたり、自公(民主党?)政権が官僚・族議員の抵抗を押さえてどこまで勧告を尊重するかはともかく、分権改革という「革命」が見えてないと地方自治の制度設計を誤ることになる。

■日時 9月27日(土)午後2時~5時             
■会場 中央公民館第2会議室
■連絡先 市民自治研究会 
狛江市岩戸南4-27-8清水信之03(3480)0306
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2008年09月18日(木)20:48

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2008年9月17日 (水)

「八百長と学芸会からの脱出」は如何に?

■9月16日(火)久しぶりに市議会を一日傍聴した。一般質問の最終日、道下勇議員(公明)正木清議員(民主)河西かず議員(民主)市原広子議員(社民)の4名が各持ち時間80分を使って矢野市長(と職員)にディベートを挑んでいた。与党・共産党の諸要求請負・市長擁護質問が面白くないことは自明だし、「準オール与党化」の最大会派・自民(明政)の質問も時間を割いて聞く気になれない。その中で偶然だがこの4人の議員は現在の狛江市議会の中では「野党的」質問が出来るメンバーである。

■「八百長と学芸会の地方議会」を何とかしなくては地方分権はやって来ないと言ったのは前・鳥取県知事の片山善博(現・地方制度調査会副会長)だが、少なくとも4人とも質問・答弁原稿棒読みの「八百長」ではない。しかし、片山の指摘の本質は「しょせん行政運営の脇役でしかなかった」(第二次町村議会活性化研究会)という首長制型地方自治制度における「インチキ・二元代表制」に由来しているのであり、「議会制民主主義」なのに「長の権限過剰」(議会召集権や解散権をはじめ)だから抑制均衡が働かないという根本命題を自覚しないと、いつも質問後の歯軋りを繰り返すことになるのよね。

■だから4人が束になっても勝てないのは「ベテラン矢野市長のディベート力」なんて自虐的に考えることはないよって言いたいワケだけど、もう少し正確に「活性化研究会」の提言を読むと「日本では、近代国家の出発点から自治体が国家統治の末端機構として成立し、国家の行政の担い手である長が主体で住民は統治の客体でしかなく、住民の代表たる議会も『しょせん行政運営の脇役でしかなかった』。」とあります。(だから根本的な議会改革と市民自治の設計図が求められている)ここを是非噛み締めてほしいと思う今日この頃です。

■市原議員が「市役所の市民化」というテーマにこだわって、公共サービスの供給主体としての中間組織を(どう育てるか)問題とした。下条村の地域協議会の「地域内分権」の取り組みや市民活動支援センター設置に関連してNPO・市民活動をどう発展させるか、補助金改革とNPO支援の関係はどう考えるか、さらには矢祭町のスタンプ券納税など「地域通貨」や地域循環経済・産業政策とNPOの資金環境をどう考えるかなど。例によって広角打法だから焦点が定まらないきらいがあるが、「市民協働」政策にヒントを与える質問だった。

■しかし、意欲は伝わるけどそもそも「市役所の市民化」の拠って立つ「新しい公共空間」の制度設計がトータルにビジョンとして発信出来ていないから、「(財政再建)アクションプラン」の(それ自体全然中途半端な)アウトソーシングと「市民参加・協働条例」の同床異夢というか、理念の混乱が起きていることに思いを馳せてほしい。前にも言ったけど「行政から公共を剥ぎ取る」(富野暉一郎)荒々しい道程が「公共空間の再設計」であり、「市民活動支援センター」(私は公益活動センターと呼びたい)もその(自立)拠点でなければ、「行政の下請け化」の現状を超えられないと懸念している。

■市原議員と同じ一期生の女性議員・河西かず議員は、徹頭徹尾財政問題にこだわり、問題先送り・矢野市政追及で野党色全開が小気味よい。市長の公約(6つのビジョンと4つのゼロ)に噛み付いていた。そもそも保育政策(待機児ゼロ)も駅前自転車対策(放置自転車ゼロ)も図書館蔵書数(新図書館建設)も多摩で最悪の行政水準に低下させてきた責任はどこにあるかという質問はまさにそのとおりだ。また松原学童保育所・借地期限切れに伴うその地下につくった「防火貯水槽」(60t)の撤去費そして同規模の新設費約2千万円のムダを突いた質問も「有効」だったね。

■「民主」の先輩・正木議員の質問スタイルはこれも一貫していて、評価は分かれるが職員が最も嫌がるツッコミの出来る議員である。この日は正木議員らしい市長選総括の場だった。(6月)市長選・矢野マニフェストを取り上げて、その財源が示されなかったのは現職市長だった候補者として如何なものかとせまり、次に選管委員長を議場に呼び出してその市長選のあり方に公選法違反の疑いなかったかと追及をした。矢野陣営の「ノボリ旗」「夜間の駅頭動員」さらには読売新聞も取り上げた「選挙公費負担の怪」で一日400km走行したことになっているガソリン代請求の件や、「選挙収支報告書」記載に市の請負業者からの寄付や公職者の寄付があった件で選管としての「是正(勧告)」の対応を糾した。

■正木スタイルだからしょうがないけど、市長選挙の総括をするのだったら、矢野マニフェストの現状追認・美辞麗句に対して、伊藤マニフェストの「400人へ市役所解体再構築」や「外郭団体への天下り廃止」「市民教育委員会設置」などの骨太改革の是非を巡って矢野市長と正面対決してほしかったけどね。さらには「市民参加の矢野市政」の周回遅れと決別して「地方政府」(地方分権改革推進委員会)をたぐり寄せる「自治基本条例」論議へ議会(野党)はナゼ挑戦しないのかと思う。せっかく来年度にせまった「総合基本計画」改定時に20年後(10年後)の地方政府の姿に向けた改革論議のチャンスなのに、このままでは「絵に書いた餅・基本計画」になる可能性が大なのを危惧している。小安引退後の論客道下議員の質問は途中からだったので省くがやはり対立軸が見えない。以上雑感でした。

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■こまえ地方自治講座(第6回)
■「分権改革委員会・第一次勧告を読む」
今年5月28日に政府に提出された勧告(40頁)の副題は~生活者の視点に立つ「地方政府」の確立~であり、「主として基礎自治体である市町村の自治権の拡充をはかる諸方策について勧告した」ものと云われている。今後「分権推進計画」策定にあたり、自公(民主党?)政権が官僚・族議員の抵抗を押さえてどこまで勧告を尊重するかはともかく、分権改革という「革命」が見えてないと地方自治の制度設計を誤ることになる。
■日時 9月27日(土)午後2時~5時             
■会場 中央公民館第2会議室
■連絡先 市民自治研究会 
狛江市岩戸南4-27-8清水信之03(3480)0306
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2008年09月17日(水)10:49

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2008年9月 9日 (火)

再開「地方自治講座」

 「こまえ地方自治講座」のご案内

■暑い夏もようやく過ぎようとしています。さて5月までで「骨太改革講座」は中断し、3ヵ月狛江を留守に致しましたので、6月の市長選挙にも直接参加できず申し訳ありませんでした。政局は総選挙近しですが、今後とも狛江市を含めた地方分権改革の行方に関心を持続して行きたいと思います。そこで講座を再開したいと思います。なお「骨太改革講座」は「地方自治講座」と名称変更させて頂きます。

    記

■こまえ地方自治講座(第6回)
■「分権改革委員会・第一次勧告を読む」
今年5月28日に政府に提出された勧告(40頁)の副題は~生活者の視点に立つ「地方政府」の確立~であり、「主として基礎自治体である市町村の自治権の拡充をはかる諸方策について勧告した」ものといわれている。今後「分権推進計画」策定にあたり、自公(民主党?)政権が官僚・族議員の抵抗を押さえてどこまで勧告を尊重するかはともかく、分権改革という「革命」が見えてないと地方自治の制度設計を誤ることになる。(参加フリー、ただしコピー代等実費は頂きます)

■日時 9月27日(土)午後2時~5時             
■会場 中央公民館第2会議室
■連絡先 市民自治研究会 
狛江市岩戸南4-27-8清水信之
℡03-3480-0306

★今後の講座のテーマ等について当日ご相談いたしますが、
第7回を10月25日(土)のAM9時~12時に第4会議室、
第8回を11月29日(土)のAM9時~12時に第2会議室
を予定しております。

★資料コピーの関係で、出来ましたら講座出席の方は事前に一声かけて頂ければ幸いです。
2008年09月09日(火)18:04

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2008年9月 2日 (火)

「教員採用汚職」考

■新学期を向かえた大分県下の贈収賄で懲戒免職や採用取り消しの先生を抱える小中学校の不安な表情をマスコミが追っていた。「教員世襲制」や「教員ムラ社会」って呼ばれる閉鎖体質は大分県に限らないから今後、例の高校の歴史未履修問題のように全国規模で問題が拡がるのは必至と見てますが、皆様はどう見ていますか?

■イジメ自殺事件への対応など、これまでも盛んにキョーイク委員会の無責任体質が指摘されてきましたが、まさに教育委員会幹部ぐるみの採用・昇任の不正(贈収賄)とは開いた口が塞がらない。「戦後最大の教育汚職」であり、まさに教育委員会制度自体を揺るがす事件である。

■問題の核心はどこにあるか?採用・昇任試験の密室性や馴れ合い体質やら教育委員のチェック機能不在を嘆いても事態はなんら変わらない。前から言っているように「教員人事権」や給与財源を含む権限が国や都道府県に集権されていることこそ問題の背景なのである。つまり本来市町村立学校の職員でありながら、人事(採用・昇任・異動)・給料を県に握られ、地域住民や保護者の目が届かないから透明性が確保できないのだ。

■「教育再生」の名の下で行われた教育基本法改正や教育再生関連3法による「再集権化」(中央集権化)の足元でこの事態が起きているのも不思議ではない。管理統制(文科省円筒行政の支社が県教委、出張所が市町村教委)を強化すればするほど、上だけを見て住民から遊離し自己責任の空洞化が進むだけである。

■5月の地方分権改革推進委員会の第一次勧告(生活者の視点に立つ地方政府の確立)でも教員人事権の市町村への移譲が打ち出されている。補完性の原理(教育・福祉・まちづくりの3点セットを基礎自治体の政策決定に委ねる)は地方分権改革の基本原則の筆頭であることも掲げている。この秋(?)の最終勧告を受け、来年度中には「地方分権推進計画」(と新分権一括法)が策定される運びだ。

■突然の福田政権崩壊で先行き不透明になりつつあるけど、「教育分権」を含めて地方分権改革こそ我が自治体のみならず、この国の生き残りをかけた避けられない構造改革であることを先ずは理解することから「地方政府」への第一歩が始まると考える。近いうちにこの「第一次勧告」の読み合わせなどを手がかりに「地方自治講座」を再開したいと考えている今日この頃でした。
2008年09月02日(火)10:37

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