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2009年2月16日 (月)

市民不在の基本構想策定

■ポカポカ陽気の日曜日にハンディキャブの運転で多摩川土手沿いを府中・中河原まで行ってきました。途中の郷土の森周辺など梅も満開で気分爽快と思ったのもつかの間、業務終了の途端に目が痒く、咽も渇いて花粉症が始まった今日この頃ですが、皆様如何お過ごしでしょうか。

■そんなワケで遅れましたが、2月14日(土)の自治講座(参加10名)を振り返ります。前段は「公共施設再編方針」をめぐってでした。2月15日(日)には市報でパブリックコメント募集がありました。この日は「策定委員」の出席がなく詳しくは不明ですが、消化不良のままパブコメの日程に合わせ「報告書案」が出来上がったようです。しかし、市のHPからはその全容が見えるけど市報の「策定委員会中間報告」ではまったく中身がわからないなど、相変わらず下手なパブコメですね。

■前からレポート済みですが、新図書館建設(30億円)が完全に棚上げされたり、中央公民館が廃止され、市民活動センターへ機能移転したり、前計画(18年まちづくりプラン)では平成24年だった第3中学校移転(旧4小)が27年にずれ込んだり、予ねて売却予定だった自転車保管場(狛江駅南口)に保育園新設が、旧7小跡地に特養ホーム誘致が計画されたりと、結構刺激的なハナシが満載なのが具体的な中身なのですよね。アリバイ委員会は拒否するといっていた策定委員会市民委員の皆様もう一ふんばり願いますね。

■「公共施設再編方針」の中身はともかく、これまでの審議会では見られなかった市民委員の奮闘ぶりに注目してきた清水としては、この日次のテーマとした「基本構想改定」に委員として参加した身としてはかなりトホホな気分になっています。この日の参加者からの発言もそれを裏付けていました。ナゼ?市民委員はたった4名で学職委員が8名なの?要するに「基本構想」といった高度な(?)理念論議には市民は無理だから「お飾り」でいいんだよねってカンジかな。これが「市民参加協働条例」を持つ狛江市って言うのだから困ったねなど。

■ところでその市民参加条例も一般論でしかなく、基本構想策定を担う「総合基本計画審議会条例(施行規則)」では「学職8名、市民5名・・」としか書いていない昭和46年製の古い時代のものだったのですよね。だから市民参加条例との整合性やらも含めて今度の「改定への市の方針」を市議会で叩いて欲しかったのですがね。当日も2名の市議に参加していただいてたので「議会の対応」がしばし議論になりました。実は1月29日の総務文教委員会では改定方針の説明があり「この程度の期間で(改定を済まして)良いのか?」といった異議はあったらしいが、なにせその当日夜に第1回審議会が始まってしまったわけだからナントもはや舐められたハナシですよね。

■「まちづくりの憲法」「市政の最高指針」を改定する「基本構想の議決」が本年6月議会に予定されている我が市議会がナニゆえこれほど鈍感なのだろうか?「基本計画・各種行政計画などと違い基本構想って理念的で一般質問になじまない?」それって各論の政策しか質問できない「住民のパイプ役」しか果たせなかった痛恨の夕張市議会と同じハナシだし、財政再建プランに対して国立市議会の「与党」が抵抗勢力に転じてしまうかもしれないという危機感と同じ問題ですよね。

■だから私的には「総合計画10年」として議決案件とし、議会で大いに揉んで貰うべきと初回の審議会で主張したのですがね。行政の市民参加が危ういなら、栗山町議会のように基本計画・都市マスタープラン・福祉計画等の行政計画も議決事項に加えるなど議会の権限拡大が必要だし、最低でも「基本構想特別委員会」など設置して議会の関与を強めるべきですよね。せめて3月議会では議論を開始してほしいですよね。

■それから、現状の狛江市基本構想(水と緑の住宅都市)自体が読んでも面白くない・興味が湧かないってことなら、参考モデルとして400人の市民が作った三鷹市基本構想をご一読あれ。主語が市民になっているし、学職も含めて3年がかりで練った言葉なので響きますよね。当日は加えて「中野区基本構想」の抜粋も話題にしました。狛江市審議会委員長に就任した武藤博巳法大教授がやはり委員長として采配を振るったものです。(平成17年制定)ここでも140人の市民ワークショップなどを経て策定されたものですが、「中野区の将来像・10年後の姿」が明確に示されています。狛江の「進めます」「努めます」の努力目標ではなく「整っています」「実現しています」と政策評価とリンクしたマニフェストになっていますよね。ちなみに同時期に中野区は「区長多選禁止(3期まで)」など「自治基本条例」も議決しているのですね。

■狛江で一向に議論がないのがもう一つ、この自治基本条例なんですが、市民参加協働条例が役に立たないのか使いこなせない市民が悪いのかそろそろ総括しないといけませんよね。「市民不在の基本構想改定」の背景は、「狛江市市民参加協働条例」自身の限界か?狛江の当該条例を「市民の権利としての参加・協働が謳われていない」と指摘した学者がいたが、自治基本条例そして基本構想にあっても三鷹や中野のように「自治のかたち」が大きなテーマである。そこでナゼか思い出したのは五十嵐敬喜『憲法改正論』の「市民立法権」である。現在の憲法改正論議に国民の憲法発議権論議が不在なのは国民主権を理解せず相変わらず明治以来の国家主権に囚われているからというハナシである。翻って「地方政府」「完全自治体」「市民の政府」が語られつつある中で、政治主体である市民を事実上抜きにして(法律事項だからとして)「まちづくりの憲法」を制定するなら「官治の憲法」(森啓・北海学園大学教授)ということになる。

2009年02月16日(月)14:47

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