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2009年4月23日 (木)

「参加と協働」で「自治のまち」はやって来ない

■第5回基本構想審議会が昨夜開催された。初めて自分達で文案を分担して書いてみようとなったその「素案Ⅱ」をああでもないこうでもないと二時間半の議論だった。傍聴者5人も9時半までお付き合い戴いた。傍聴者から「20年構想は長すぎる(から空論になる)短期にすべき」「平和・人権・男女平等参画・子どもの権利の視点が落ちてますよ」「起業支援をNPO政策と産業政策を貫いて書き込むべき」などコメント戴いたがそのとおりで、まだまだ生煮えで議論は成熟できていない。私からはシツコク「自治基本条例論議」をやろうよ、それからこれから始まる「基本計画」策定議論(これも5年前の半分以下の超特急)をフィードバックさせて最後に成案を調整し、議会上程は来年3月議会でと喰い下がったが委員長(と事務局)のスケジュール優先は崩せていない。

■自治法上の義務だからというお飾りの「基本構想」でなく、狛江ならではの、リアルにまちの未来展望を切り開く構想づくりを期待して審議会に参加した。あきらかに非力の少数公募市民委員4人に対して有識者・学職委員が8名、特に委員長の武藤博巳・法政大学大学院政策創造研究科教授、山岡義典・法政大学大現代福祉学部教授の法政大学コンビと、佐藤徹・高崎経済大学大学院地域政策研究科教授、小野博明・田園調布学園大学地域福祉学科教授などの公共政策のエキスパート達には大いにそのリーダーシップを期待してきた。

■しかし、残念ながら佐藤教授、小野教授は当初からほぼ欠席が続くということもあったことに加え、進んで課題や論点を提起するのが「学職委員」の役割だと思っていたのは私の思い込みであり、公募市民委員の立場に配慮しているのか、前例踏襲・スケジュール優先の事務局(行政)に気を使っているのか分からないが、その受身の姿勢には驚いた。もっとも、政策情報をロクに出さないから地元の公募市民委員も同じだが、狛江市政の課題・争点情報(財政など)が理解できていない市外の学職委員にとっても20年先を展望するのは困難な作業に違いない。(山岡教授は狛江市在住)

■ただ、公共政策研究の最前線にいるなら、少なくとも全国の先進自治体の切り開いた政策(総合計画)の地平や今日的に標準装備すべき分権時代の「地方政府」論の有り様について、論点情報として提出すべき役割があるのではないですかという批判は4月5日の日記でも書いた。とりわけ「自治基本条例」に対する武藤教授と山岡教授の消極的と思われる態度には愕然としている。私的にはニセコ町まちづくり条例から8年、三多摩でも次々に取り組みが始まっており、このままでは10年遅れのランナーとなってしまう危機感がある。

■その自治基本条例への消極的な態度は、一方でその法大コンビで作った狛江の「市民参加・市民協働条例」(平成15年)の自負があるのかも知れないが、「水と緑を活かす自治のまち」(新しい将来像のキャッチフレーズ)の「自治のかたち」は「参加と協働」への讃歌で埋められている。それでは、確かに狛江市民が獲得した権利カタログである市民参加・市民協働のレールの延長に「自治のまち」(市民自治?住民自治?団体自治?)と高らかに謳うことの出来る時がやって来るのだろうかと、昨晩も懸命にツッコミを入れたのだったが、武藤委員長の「(自治基本条例論議は)基本構想への諮問の範囲を超えているし、首長や議会など政治判断の領域ではないか」という政治采配で議論は封じられた。法大教授の先輩であり、元祖「自治体改革」の政治学者・松下圭一にこの人は何を教わったのだろうか?

■方や法大コンビのもう1人日本NPOセンター代表理事の山岡教授も、(実は私も理事メンバーである狛江市NPO連絡協議会の顧問役もされているという関係だから少しやりにくいが)「狛江の市民参加協働はまだ道半ばであり、(議論はするべきだとは思うが)自治基本条例が出来ればすべて変わるということはありえない」と「参加と協働」の次のステージを準備する議論をとの私の意見とは距離をとる。

■さて、少し言い足りなかった点も含めて、ナゼ「参加と協働では自治のまちはやって来ない」か、だが、そもそも「狛江市市民参加・協働条例」は「行政への市民の参加と市民との協働」であり、一方、「まちづくりへの参加と協働」はおのずとカテゴリーが違う。(「まちづくり」の定義は行政活動とイコールではない)行政運営のルール・権利カタログとしての市民の政策決定への参加が市民参加であり、(条例をよく読んでほしい)公共サービス空間の行政独占をやめるから市民協働なのだから、「市民参加と協働のまちづくり」という表現自体が意味不明となる。

■狛江市の条例解釈では、「市民参加」とはあくまで行政活動(運営)への参加を指すのであり、「まちづくり」とは本来の意味とは異なるが、行政が主導(誘導)する限りでのまちづくりと言う意味として押さえないと混乱する。その混乱が「自治のまち」のイメージのあいまいさにもつながってくる。「市民参加」や「市民協働」も市民が獲得した市政運営のルールにちがいないが、「市民活動を強化し」「協働のまちづくりを進めていけるように自治の仕組みを強化する」というレベルの「自治のまち」と、自治基本条例の世界の憲法原理の市民主権(住民自治)とはあきらかに乖離・断絶がある。すこし私の頭も混乱してきたので、続きはまた。

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≪地方自治講座・緊急フォーラム≫
~20年ぶりの狛江市基本構想改定に百家争鳴の議論を!


■緊急フォーラム「狛江市基本構想改定を問う」
■5月2日(土)午後1時半~4時半
■中央公民館・講座室(2F)
■基本構想審議会委員から報告と資料提供(資料代200円)
■主催・こまえ地方自治講座
(連絡先・市民自治研・清水信之03・3480・0306)
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2009年04月23日(木)20:45

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