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2009年4月26日 (日)

続・「参加協働で自治のまちはやってこない」

■とにかく自治基本条例策定が総合計画上(基本構想・基本計画)の日程に上らせたい思いであれやこれやと思い巡らせている今日この頃です。市原さんからもコメントもらったけど小平でも調布でも次々と三多摩の各市が策定過程に入っていますよね。トレンドだから真似ればいいとは言いませんが、情報公開条例も、プライバシー条例も、市民参加条例も先進自治体の実験に始まり、競い合って自治が開拓され今日、標準装備になったのですよね。アンテナを高く張っていないと「居眠り自治体」の烙印を押されますよね。

■「自治」基本条例なんだから市民が主体的に動かなければ意味ないよねということも一つの言い方なんだけど、確かに市民の権利カタログとして市政へのコントロール権を拡充することだからそうも言えないことはない。しかしよく見ると(神原勝「自治基本条例論」)本質的には「自治体運営基本条例」の方が的確な(本質的な)名称だということが分かる。その神原曰く1994年の北海道での講演で松下圭一が始めて使った言葉であり、生みの親は松下だったことを再発見した。そのときは「自治体基本条例」だった。

■ナニが言いたいかはお分かりと思うが、「地方政府の基本法(憲法)」を市民が立法する権利もあるけど、首長や議会が主導したとしてもおかしくないはずですよね。小平市の策定基本方針には「現在の地方分権が推進される以前は、国民の国(政府公共部門全体)に対しての信託の一覧表が「憲法」としてあり、これに基づき地方自治法がつくられて地方自治体の活動(統治)が行われると言う考え方がありましたが、地方分権により国と地方の上下主従の関係が解消されたことに伴なって、市民の地方自治体に対しての信託の決めが新たに必要になるという考え方があります。市も、この考え方に立ち、新たな決めごととして「自治基本条例」を制定していく必要があると考えます。」と書かれています。

■素人発想ですが、これってまさに国の憲法が要請していることでもあるのですよね。それにしてはふだん「護憲派」を名乗っている方々の反応がイマイチなのは、たぶん憲法理解の点で(市民から発して上昇型の政府間関係をつくる・補完性の原理である)「市民自治の憲法理論」(松下)の立場でなく、旧来の国家統治型・国家主権型解釈に囚われているからではないかと余計なことを考えてみました。

■それはともかく、基本構想審議会の公共政策学者すら反応が鈍いのは、法政大教授の大先輩・松下圭一の理解が足りないのか?(法大教授・五十嵐敬喜は松下の継承者)狛江で自治基本条例への気運(内発性)が醸成されていないと判断しているからかもしれない。さて、ここからが「続・参加協働では自治のまちはやってこない」の本論である。(前置きが長いですよね)多分に繰り返しのハナシで恐縮です・・・。

■私は基本構想審議会に参加するまではおぼろげながらだった「自治基本条例」への急接近をもたらしたのは他ならぬ「基本構想審議会」そのもののあり方だった。ナンじゃコリャ市政の最高指針・基本構想を策定するのに主権者市民はどこにいるのだ。しかも市長も議会も傍観で、事務局まかせだから前例踏襲の20年前と同じお飾り構想しか出来ないではないか?そもそも旧自治省のモデルの実行性なき「20年構想・基本計画・実施計画」三段階計画を未だ採用しているのは三多摩でもごく少数派だし、実質計画である基本計画(5年計画)を議会も関与できないなんてまさに「脇役の議会」だし、総合計画の重みも出てこないではないか。

■これではますますお飾りそのものだと思った時、10年あるいは5年の総合計画を議決案件にして、しかも財政縮小時代だから、バラマキ・思いつきの政策をさせないために全ての政策を総合計画に根拠づけさせる決まりを制度化しているのが先進の自治基本条例だったのです。さらに総合計画策定の審議会を含めて、原則的に審議会の過半数を市民公募委員とするような一大改革も、単なる参加の権利でなく「政治主体・政策主体の市民が(公共課題を解決するため市民がつくった道具である)政府に課す信託一覧表としての自治基本条例」ならではの挑戦で可能となるのではないかと考えました。

■もうお分かりでしょうが当時は輝いていた狛江の「市民参加条例」(平成15年)もすでに劣化しているのです。(ちなみにその翌年、平成16年多摩市が、平成17年三鷹市が自治基本条例を制定しているのはそこに気がついたからだと思います)さて、公募委員制度の形骸化だけではなくて、市民参加条例への不満の大きなものに政策情報の提供が担保されていない問題(狛江市だけではないが)があります。

■ニセコの基本条例や栗山町議会基本条例では政策・計画・事業の「①政策の発生源、②代替案はないか、③他の自治体との比較、④総合計画上の根拠、⑤関係法令等、⑥財源措置、⑦将来コスト」が討議の前提の情報提供として義務付けられています。これがなければ市民や議会も的確な判断は出来ないからです。狛江市の「アリバイ・ガス抜きの審議会・委員会」をなくすには必須アイテムですよね。

■問題は次です。7つもの政策論点情報が市民や議会へ提供できるためには、実は情報公開・市民参加・総合計画・政策評価・(長期)財政計画・政策法務などの各制度が整っていることに加え、それらを有機的に結ぶ総合的自律的な自治体運営の仕組みが出来上がっていなければならないことです。つまりこれって自治(体)基本条例の世界なのですよね。だから「参加と協働でつくる市民自治」をムード的に語っても「自治のまち」はやって来ないとますます確信する今日この頃でした。

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≪地方自治講座・緊急フォーラム≫
20年ぶりの狛江市基本構想改定に百家争鳴の議論を!
           記
■緊急フォーラム「狛江市基本構想改定を問う」
■5月2日(土)午後1時半~4時半
■中央公民館・講座室(2F)
■基本構想審議会委員から報告と資料(資料代200円)
■主催・こまえ地方自治講座
(連絡先・市民自治研・清水信之03・3480・0306)
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2009年04月26日(日)02:41

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