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2009年5月

2009年5月30日 (土)

こまえ地方自治講座(第13回)のご案内

ー「基本構想・基本計画」改訂議論で欠かせない「自治基本条例」づくりを考えてみませんか?ー

■狛江の将来像「狛江市基本構想」の審議は本質的な議論を棚上げしたまま、実質4ヶ月でもうすぐ打ち切られようとしています。その実行計画である「基本計画(5年間)」策定をこの後半年で仕上げようという(これまた無謀な)スケジュールが迫っているからという理由です。形式的なフォーラム(4月)だけで市民議論も組織せず、議会といえばお飾りの基本構想だけの議決に甘んじてまともな質疑もなく、そして職員参加も見えないというまさに行政主導の「密室審議会」そのものです。

■抽象的・総花的で「お飾り」の基本構想(基本計画)では役に立ちません。自治体の生き残りを賭けた戦略的都市経営の発想や、地方分権時代の国と対等な地方政府の再構築の課題、「行政への参加」にとどまらず、地域を治める責任主体としての市民による市政運営のルール化としての自治基本条例(自主憲法)制定への市民ぐるみの取り組みが今日必須課題となっています。

■すでに先進市の「多治見市市政基本条例」「流山市自治基本条例」や三多摩各市の自治基本条例の取り組みなどを話題にしてきましたが、それらに加えて武蔵村山市の講演録(20年8~9月)として辻山幸宣氏(地方自治総合研究所)、松下圭一(法大名誉教授)の両氏の論文、石井秀一氏(自治体総合政策研究所)の「自治基本条例読本」などをタタキ台資料として勉強してみたいと思います。尚これらの資料はすべてネットの検索によりアクセス可能ですので出来れば事前にご一読下さい。

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■第13回地方自治講座(市民自治研)
■「自治基本条例」を考える
■6月6日(土)午前9時半~12時
■中央公民館 第3会議室
■資料代 300円(程度)

★連絡先 清水信之 狛江市岩戸南4-27-8
℡03-3480-0306  市民自治研究会
ブログ・『トホホ日記』:http://rak2.oc.to

★第7回基本構想審議会 6月3日(月)PM6時~
(市役所4F)傍聴を!

★第14回講座の予定は
7月4日(土)午前(公民館・第3会議室)

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2009年05月30日(土)15:04

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2009年5月17日 (日)

パブコメはやらせない!

■5月15日(金)、第6回基本構想審議会が開催された。第1回顔合わせ以来ご病気で欠席されていた小野委員(市民福祉推進委員会委員長)が復帰され、佐藤委員(前・行政評価委員会委員長)も出席され(中野委員・教育委員会委員長は欠席)これで議論に厚みが出ると歓迎したが、本日で最終素案を仕上げ、パブリックコメント手続きに付したいとの委員長采配がまたもや水を差した?第6回審議会だったが、(当然ながら)夜10時40分までかかっても議論は尽きず慌てて次回6月3日を決めたのだった。

■ナゼこんな場当たりドタバタ審議会なのか?どだい4回(正味3ヶ月)で仕上げるなんて無理なことは分かっていたはずなのにとまたグチが出る今日この頃ですが、ハナシを審議内容に戻します。当日清水からは参考資料に「多治見市市政基本条例」全文と5月12日の拙ブログ「学習権VS自治権」も委員に配布させていただいた。自治基本条例という政策課題が構想・基本計画審議に不可欠だと一貫して言い続けてきたからであり、消極的な学職委員に是非読んで欲しかったからであり、また「学習権VS自治権」は市民世論、市政争点(中央公民館廃止・新図書館計画棚上げの公共施設再編をめぐる)の今を切り取って提供したのだった。

■自治基本条例論議がナゼ必要かは、私や佐藤委員の意見ですぐ浮上した。それは今回「住宅都市」に変わって登場した「自治のまち」のキャッチフレーズ自体に関わる最もコアな表現の「まちづくり」「市民」「市民参加」「市民協働」「自治」「市民自治」などの言葉の定義は一体どうなっているのかということである。前から言っているように狛江市市民参加条例(解説)では「市民参加」は「行政(活動)への参加」と定義されている。ところで「まちづくり」は行政活動よりはるかに広い概念である。さて「(市民)参加と(市民)協働によるまちづくり」という表現では<行政への市民参加が行われればまちづくりが出来る>ことになるのである。

■さらには「市民」とは何を指すのか?自治法上は「住民」である。公共サービスの提供で利益を受けるが一方で地方税や負担義務を負うからである。ところがまちづくりは企業や団体、在勤在学等幅広い関係者で行うものである。だから「市民」を幅広く解釈する。とすれば「市民と行政、そして企業団体のパートナーシップ」との表現は同義語反復となる。ところで狛江市の「まちづくり条例」(平成15年)は宅地開発指導要綱から発展した土地利用規制の「ハードのまちづくり」である。これらをどう定義づけるのかとりあえず政策室の政策法務能力を期待して次回までに出させることとした。(是非、「流山市自治基本条例」の市民の定義を見て欲しい)

■ブログの4月18日「自治基本条例とは何か?」で書いたように「市民」の定義が必要なのは自治基本条例が立憲主義に基づき市民と政府の信託(契約)関係を明示する「地域政府の憲法」だからですよね。山岡委員(市民参加協働審議会会長)が繰り返し私と衝突する論理「自治基本条例をつくれば変わる(自治が深まる・拡大する)ワケではない。まだ狛江市民は参加協働条例を使いこなせていないのだ」だが、山岡委員自身が「市民参加・市民協働のまちづくり」などと混乱した表現をしているワケで、使いこなせていないのは山岡委員自身ではないでしょうか?別な言い方をすれば、お題目の「参加協働条例」に寄りかかっているかぎり、狛江の自治のかたち・民主主義のかたちを「構想」できないのではないでしょうか?

■そんなわけで公共政策のプロである学職委員へ素人の私だからこその挑戦状をお許しあれ。ともかく、ようやく本質的な議論の入り口に立ったと思ったら、次回6月3日で仕上げパブリックコメント手続きに入りたいときたから、反対を表明した。パブコメで固めないと次の基本計画審議に入れないとする行政側の論理に対して、すべて重要な政策審議(財政ほか)は基本計画レベルに先送りするのであれば基本計画を仕上げてから「フィードバック」(最終調整)させて基本構想案を上程(3月議会)しようよと言う意見は委員の大勢だったはずである。事実、市民委員のOさんも「あれ?基本計画のあとで仕上げをするのではなかったのですか」と言い、その日出された学職の杉浦委員の意見書にもそのことを前提とした記述がある。策定の手法に定式はなく多様な選択枝があるのにナゼ強行しようとするのか。行政執行部のメンツをおもんばかってドーする委員長!

■帰りがけにこの日も傍聴してくれた元市議Sさん(まちづくり委員会委員)から言われてハタと気がついた。そもそも狛江の市民参加条例によるパブコメってナンダカナアって評判よくない原因は、イイ加減な政策情報の提供に加えて、パブコメを受け取る責任主体の問題がある。条例では「実施機関が実施」とあるのに例の「公共施設再編方針」でも「策定委員会」が実施主体となっていたからそれを受け取った委員会が大いに混乱した。(「まだ審議不充分なのに事務局が勝手に作った方針案なんだから行政が答えればよい」)政策形成過程へのパブコメだから審議会途中でも悪いとは言えないが、そもそも行政手続き的には執行機関の最終案でなければ混乱するのである。だからパブコメは生煮えの素案(審議途中)で実施すべきではないのである。このことは絶対に譲れない。皆様も是非応援してください。

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6月3日(金)PM6時 基本構想審議会(市役所)
6月6日(日)AM9時半~「自治講座」(中央公民館)

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2009年05月17日(日)09:06

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2009年5月12日 (火)

「学習権」VS「自治権」

■日曜日の「狛江市民の学習、文化、芸術活動の危機!」と題する集会には25名程の市民が集まり盛況でした。主たるメンバーは「社会教育を考える会」と「図書館を友とする会」でしたが、財政研究会の方々や公民館でサークル活動を行っている方々、それに市議が2名(共産・ネット)参加していました。進行役はDさん、両会からMさん、Hさんが経過説明の後に「社会教育を考える会」で狛江市公民館運営審議会の委員も経験した堀さんという学者の方が社会教育の危機と学習・文化基本条例の提案を主旨とする基調講演をされました。

■その堀さんの講演では先ず基本構想に触れ「狛江市基本構想(基本計画)」の第一次構想で存在した「社会教育」が第二次構想では「生涯学習」に変化し、今策定中の第三次構想素案ではさらに「学習機会の情報提供」へと後退してきていると狛江市の現状を憂い、それが今日の「公共施設再編方針」の公民館・図書館の廃止・縮小へとつながっていること、さらに先の日記で私が分析した社会教育委員の会議が答申した「狛江市社会教育の今後のあり方」(21年2月)についても、およそ社会教育の将来像を示したものとは言えないと批判されていました。(それは同感)

■そして、社会教育法成立の歴史的意義や公民館を誕生させた寺中構想、憲法・教育基本法や国際人権規約等国際法を含めて、市民の学習権と行政がそれを保障する責務などの法的根拠を示したのでした。その上で狛江市において、福祉・環境などと同様、「学習・文化基本条例」の制定を通じて基本構想・基本計画への反映を図り、公民館・図書館などの廃止・縮小の動きをストップさせようではないかと結んだのである。

■その後、自由討論に移り、公民館が如何に多くの人材を育ててきたか、(このまま社会教育軽視が進行すれば)狛江市の民主主義の将来は不安だ等の意見の一方で、公共施設再編方針策定委員会の市民委員や答申を出した社会教育委員の人たちとの意見をクロスしないと(誤解も含めて)一方通行の議論になるのではないかといった疑問も出されたりしたが、今後条例案(陳情案)などの整理を含めて、主催者側で協議してゆくとのことだった。

■私からも平成20年(?)組織改正で社会教育部が解体(!)されている現実をふまえなければならないことや、議論の前提に公共施設再編方針だけでなく、「社会教育の答申」も「市民活動支援センター検討委員会報告書」にもアクセスして欲しいこと、(残念なことに市民活動支援センター検討委員会でも、公民館との役割分担の議論をやろうと言ったのに棚上げしたままでした)さらに基本構想策定の審議会への意見書なども上げてみたら如何ですかなどと述べた。

■感想ですが「市民の学習権保障」って公民館問題にかかわってよく出てきた古典的な概念ですよね。(ここでは松下圭一を持ち出そうとは思わないけど)集会主催者の皆さんの公民館・図書館への愛着は痛いほど分かるのだけど、「自由な批判と討論によって自ら反省と理解に到達する討論」(社会教育法解説―寺中作雄)を是非お願いしたいと言ったら僭越でしょうか?さて「学習権」って何のために必要なのでしょうか?端的に言えば地域社会の課題解決へのアプローチを可能にするからではないでしょうか。実は10年前からのNPO文化も「社会の課題解決行動」と言われています。それが今日新しい自治(公共)のかたちの重要なファクターとなっているのですよね。だから市民活動(公益活動)センターはもちろん学習を含めて公民館よりもっとアクティブな(アドボカシー機能を持った)市民(自身)による自立拠点という制度設計が考えられますよね。だからあえて言えば「学習権」の時代から「自治権」の時代なのではないかと思いますがどうでしょうか?

■実は一番私がショックだったのは、この社会教育を守ろうという方々の中心メンバーに実は我が「狛江市NPO連絡協議会」の中心的なメンバーも数名含まれていたことでした。例えば公民館婦人講座を出自として「特養ホームをつくる会」など福祉やまちづくりなど今日の狛江の市民運動の歴史の原動力となり、地域を開拓してきた方々がそれであり、そして10年ほど前から福祉系を中心としてNPOのリーダーとして活躍されている方々です。そういう方々だから5年前の市民参加・協働条例も積極的に評価され、その条例に基づく(NPO)市民活動センターの設置を(公民館の発展過程)政策選択されているのかと勝手に思い込んでいたのですが、どうやら勘違いだったようです。私自身の思い込みも含めて絡んだ糸を解きほぐさないと公民館問題の決着も、市民活動センターの出発もうまくいかないと考えさせられた今日この頃でした。

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5月15日(金)PM7時 基本構想審議会(市役所)
6月6日(日)AM9時半~「自治講座」(中央公民館)

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2009年05月12日(火)19:41

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市民百パーセントの審議会を!

■昨日(5月2日)の地方自治講座・緊急フォーラム(基本構想を問う)には11名が参加いただいた。市議の皆さん全員にお誘いかけたが、2名のみで少しがっかりだったが議論としては大いに成果があったと感じた。当日資料としては「狛江市第3次基本構想素案・Ⅱ」や「三鷹市基本構想」(平成13年)「多治見市市政基本条例」(平成18年)を、さらには「狛江市公共施設再編方針・素案」(平成21年1月)「狛江市第4次基本計画」(平成17年)「こまえの財政白書Ⅱ」(平成21年3月)も議論にあたって参考とした。

■成果の一つは、「財政白書をつくる会」のKさんからの報告を聞けたことである。4月29日のブログでも紹介したが、狛江市の保育環境の圧倒的な貧しさ(三多摩・類団各市比較で保育所入所定員約500人の不足)を告発しただけでなく、三多摩一高い国民健康保険料に加え、高齢化が急速に進み、相次ぐ企業の市外転出でもともと昼間人口(地域内就業者が)極端に少ない(73,3%、ちなみに三多摩平均は90%)狛江の将来の厳しさと優先政策は何かが指摘されていたのでした。

■実は「公共施設再編方針」でも狛江市の持続可能性を考えた場合の「若年世代の定住化」のための子育て環境の整備は最優先課題の一つとしており、「白書」では、加えて商工会丸投げでこれも貧弱な産業政策(企業誘致や起業支援など)の根本的な立案の必要が書かれています。これらは基本構想・基本計画論議に大いに反映されなければならないですよね。そして三鷹の基本計画の優先プロジェクトのように戦略的政策選択が必要ですよね。

■そこで話題を基本構想改定論議に戻しますが、そもそも基本構想審議会のあり方(市民不在・行政主導)を含めて、他の審議会(委員会)でも同様ですが、公募市民委員のフラストレーション(アリバイ委員会という自虐的表現)の背景である狛江の市民参加制度(条例)をドーしたらいいのかでは大いに議論が沸騰した。繰り返し言われていることだが、政策の基本情報が的確に提供されないのはドーしてか?(例えば公共施設の利用状況調査データも出さないので、その施設の正確な評価が出来ない)これって政策評価(行政評価)制度(とPDCAサイクルの自治体経営)が狛江で未成熟なことを示しているのですよね。三鷹市の「基本データ集」「論点データ集」は大いに参考になりますよねといったハナシ。

■「ハンドルを握っているのは相変わらず行政であり、市民が力を持たないとダメ」だとしたらその壁を破るのは何か?とさらに議論は続いた。実は多くの市民がそのように市民参加制度に不満を抱くのは市民の成熟度(民度)に制度が追いついていないということであり、これを「市民参加条例(制度)」が劣化しているというのですよねといったハナシになり、審議会(委員会)の現場の実感から出てきた提案が「市民が議長(委員長)になる」「有識者・学職者はアドバイザーに徹する」「百パーセント市民で構成されるべき」などだった。

■私も公募市民委員を過半数とすべきと考えていたし、そうでなければ政治主体・政策主体を市民とする市民自治(自治基本条例)の理念は担保されないと思っっていたが、「(原則)百パーセント市民の審議会」には考えさせられた。そうなのです。そもそも狛江市市民参加条例でも「市民」の定義の曖昧さ(在学在勤、狛江を良くしようと思う人々まで)がありますよね。それって「まちづくり」など事業者を含めて広範な事業への協力を求める場合には都合が良いのですが、市民が信託(契約)する政府の基本政策・基本運営ルールを決定する権限を行使する場合などは納税義務を負う住民としての市民以外は参加主体となりえないのですよね。

■だから付属機関(審議会)・私的諮問機関(委員会)などにより仕分けは必要だが、原則は住民たる市民以外の学職者などに主導権を与える審議会のあり方は市民自治とは言えない、ということも充分根拠のある主張ですよね。これこそ自治基本条例の世界なのですよね。こうした議論以外に三鷹市や志木市などで実験済みの「市民委員会」方式の開発も課題だし、市の政策室と対を成す市民の政策研究機構や、NPOのネットワーク化によるアドボカシー機能を高める市民(公益)活動センターの設置といった市民の力を醸成する仕掛けも待たれますよね。

■以上のような議論の延長線上にと、「多治見市市政基本条例」を見ていただいたがこちらの検証の方は時間も少なくはしょってしまったので次の自治講座の宿題にした。連休中にもかかわらずの参加に感謝でした。
2009年05月03日(日)18:01

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2009年5月10日 (日)

続「公民館VS市民活動センター」

■今日の夜、「狛江市民の学習、文化、芸術の危機!」と題する集会が中央公民館で開催されます。すでにご存知かもしれませんが、「公共施設再編方針」(20年スパンの公共施設・公共サービス計画)が委員会より答申(HP掲載は5月1日)され、基本構想・基本計画へも反映されることとなります。その中の「中央公民館廃止」と「新図書館構想中止」に対して異議を唱え、『学習・文化・芸術に関する基本条例』の制定を目指したいというのが集会の案内状から読み取れます。

■さて、この古くて新しいテーマである公民館問題(図書館問題)をどう論点整理できるかについては基本構想・基本計画改定でも最重要課題であるのに、腫れ物にふれたくないのか、首長も議会も正面からの議論を避けている状況にあります。私は議会でも「社会教育の終焉派」であることを宣言してきましたが、今晩の集会には基本構想審議会委員としてじっくりその趣旨を拝聴すると共に、発言の機会があったら自説を述べてみたいと思っています。なお呼びかけ人の「図書館を友とする市民の会」のHさん、「社会教育を考える市民の会」のMさんも、市民運動では私の良く知る仲間でもあります。

■ところで、この議論の前提には「公共施設再編方針(委員会報告書)」以外にも「狛江市社会教育の今後のあり方について(答申)」(平成21年2月)、そして「狛江市市民活動支援センター設置検討委員会・最終報告」(平成20年9月)があります。これらを最低限読んで議論しないと思い込みや空論になる可能性がありますよね。それらの読み方について私の独断ですがこの間折に触れ伝えてきましたが、今日は社会教育の「答申」についてあらためて考えてみたいと思います。(ちなみにこれをまとめた社会教育委員・委員長Hさんも親しくして頂いている友人です)

■2年間をかけて丁寧に検討したその「答申」の結論(まとめ)は『Ⅰ直近の課題』と『Ⅱ中長期の課題』と分かれていますが、その直近の課題が「時代に即した社会教育を審議する委員会の構築」(公民館・図書館・体育関係・文化財の専門委員各代表による構成へ)であり、「社会教育情報誌の発行」を加え、以上オワリという超簡素なものに驚きます。つまり社会教育に関してのガバナンスは教育委員会が握っており、あくまで「社会教育委員の会議」の限界だからなのかとも思いますが、これでは社会教育政策とか社会教育計画と言えず、「社会教育審議会」の設置にゲタを預けただけという印象を免れませんよね。

■実はそのことを裏付けるように、(「審議をしている間に」)「平成20年の狛江市組織改正で生涯学習施策と文化施設管理(市民ホール・民家園)、青少年育成・放課後対策が市長部局へ移管され、」社会教育部が解体されるという(社会教育関係者にとって)ショッキングな事態が起きており、こうして空洞化した「社会教育行政」の今後の役割をどう定めてよいのか?おそらく議論は混迷したと推測します。

■この社会教育分野を市長部局へ移管させる改革は(究極は教育委員会制度の解体!)タテ割りのムダをやめるだけでなく、総合行政を進めることであり、地方政府として自立過程の必然の改革なのです。(財政危機の狛江市の背に腹は変えられない財政再建計画から出てきたとはいえ)だから現実は「社会教育」は解体の一途なのであり、ナンとか存在意義を示そう、生き残り策をと苦労した作文が「答申」だったのではないかと考えます。

■残る主たる事業が公民館と図書館になった社会教育行政のその生き残り策が「中長期の課題」として「(1)新しい公民館像 ①『狛江市の市民大学構想』(市長部局と合体の生涯学習体系)②情報センターの設置(社会教育団体登録一元化と市民活動支援センターの社会教育分野を扱う)(2)新図書館の建設(公設民営、PFI方式の検討)(3)博物館の建設(新図書館との併設検討)」となっている。

■お分かりのように、苦渋の決断としてかどうかはともかく、公共施設再編方針との整合性を意識した内容であり、本日の「公民館廃止反対論・新図書館建設論」とは一線を画していますよね。今晩の集会でもこのことは紹介し皆さんどう受け止められているのかお聞きしたいと思っています。と書いたところで夕方になってしまいました。市民活動センター設置報告書との関係も書きたかったのですが、集会後のレポートも合わせて、また明日になるかと思います。それでは又。
2009年05月10日(日)17:27

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