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2009年6月21日 (日)

続・基本構想・基本計画と議会と審議会

■議会が生煮えの基本構想案をどう受け止めるか、見識を示し“役に立つ”ところを是非見せて欲しいものだ。その見識とは、日頃各論(ドブ板)限定の議会が狛江市の将来ビジョンをめぐる骨太な議論に挑戦することだが、とりわけ市政の争点課題(を先送り・棚上げせず)に肉迫し、その解決の方向を示すことだ。例えば基本構想審議会は不十分ながらも「自治のまち」というボールを投げた。「市民参加・協働条例(体制)」が「自治のまち」につながるのか?あるいは公共施設再編方針(答申)が新図書館構想を捨て去り、中央公民館の「市民活動センター」への移行を打ち出した。これも現在市政の最大争点となっている。これらに解答を与えるのでなければお飾りの基本構想・基本計画となってしまうからである。

■そこに関係して、6月議会の一般質問では興味深いやりとりが交わされたことを、市原ブログが報告している。市原議員自身も公共施設再編方針の確定(検討委員会答申を受けて市として公定化する?またも先送り?)のため集約した各部長の意見文書を取り上げ問題にしたが、与党(共産)の田辺議員が市長に、(新図書館等の?)公約と(市民参加の)審議会答申がバッティングしたときの判断を迫ったところ、市長は『最大の市民参加は選挙』(での政策信託?)であると答弁したというハナシである。

■政権(の政策)の正統性は直近の選挙だというハナシは今日の麻生政権をめぐる議論にもあるし、マニフェスト優先も間違いではない。しかしこの人はやはり自治基本条例の世界を解っていない。市原ブログも言うとおり、そこの隘路(選挙での信託は全権委任か)を解決する仕掛けが自治の仕組み=自治基本条例の世界なのだから。河西かず議員(行革)の質問も400人による三鷹市基本構想づくりを引き合いに出し、審議会・委員会が市民主導になっていないなど狛江の市民参加の現状を批判するものだった。私はこれを『参加疲れ』『参加条例の劣化』を呼んできた。

■突然ハナシが飛んで恐縮だが、私がかねてより志ある職員・議員の必読書と言って来た「月刊・地方自治職員研修」(公職研)の7月号に我が審議会委員長の武藤博巳法大教授が行政評価制度論のトップ論文を書いていた。(偶然にも同じ審議会委員の佐藤徹・高経大准教授もその専門の創造型政策評価論をこの号に載せていた)行政評価(施策評価)導入は2年前の私も参加した行政評価委員会報告書に基づき、基本計画づくりの目玉(施策単位で数値目標を設定する)でもあり、それとして議論が必要だが、ここでは武藤博巳教授の論文の「評価疲れ論」に突っ込みを入れたい。

■ナゼ『評価疲れ』かは自明である。ルーティンワーク化し、何の役に立っているかが見えなくなるからである。トレンドだからと(狛江も同じ)物真似でやるからである。彼も、「納税者であり、行政サービスの受益者である市民による評価こそ最も重要な評価である」とは言っているが、行政評価の元祖・梅田次郎(元三重県職員)が「地方分権の道具」「市民自治の仕掛け」(という改革のビジョンに裏打ちされなければ意味がない)と言っていたことからすれば、技術論(それ自体は傾聴に値するが)で評価疲れの克服法を説いているに過ぎないと感じた。

■何が言いたいかというと「評価疲れ」を指摘するなら「(市民)参加疲れ」も存在することもナゼ直視しないのですかと、強引に当初の話題にリンクしますが、自治基本条例制定という分権改革の受け皿づくりを拒否(?サボタージュ)している市長の委嘱の範囲で基本構想・基本計画をコーディネートする武藤・山岡・法大コンビにどこまで肉迫できるか?議会も、基本計画づくりに参加する市民にも問われている。
2009年06月21日(日)11:40

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