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2009年8月25日 (火)

民主党政権と教育委員会廃止

■狛江市での基本構想・基本計画改訂作業の現在について審議会の現場からレポートを続けていますが、9月市議会での基本構想案審議を横目に見ながら、その下位計画である基本計画(10年目標の5年計画)を三つの「市民分科会」でその前半の「頭だし」(項目出し)の議論が終わりつつある。ワタシは山岡義典委員(法大教授)と共に「まちづくり原則・行財政」の第一分科会(11名)に張り付き、他の審議委員はそれぞれ「都市基盤・環境・産業」の第二分科会(18名)、「福祉・教育」の第三分科会(18名)に入って議論に参加している。従って、自分の領域以外の議論の詳細は(傍聴もままならず)わからない。

■そもそも、基本構想審議で棚上げされたままの本質議論は基本計画づくりの段階で深めて行きましょう(しかしフィードバックは空証文だった)との会長(武藤博巳・法大教授)采配だが、年末までの短期間でそれが可能だとはまったく思えない。しかし可能な限り議論を起こさねば「お飾り」「美辞麗句」の計画になってしまう。基本構想審議の際も私から本年中の新地方分権一括法制定を含めて地方分権改革のフレームを理解しておく必要があると水を向けたが、武藤会長采配も含めてそうした議論は封殺された。(有識者ってコンサルか?)

■その地方分権を優先政策としている民主党の政権の下、改革は間違いなく加速する、となれば10年基本計画にも影響必至となる。前日記の社会教育論議もその脈絡で捉える必要があるが、それをトータルな教育改革として見てみたい。我が第3分科会(教育・福祉)では(基本構想審議でも無反応だったから)おそらくそこの議論には入れていない。民主党マニフェストの分権改革には「ヒモ付き補助金を自由に使える一括交付金」などが目立つが、「民主党政策集INDX2009」の「文部改革」の項には大胆な教育分権が掲げられている。

■その内容は以下である。「①現行の教育委員会制度は抜本的に見直し、自治体の長が責任をもって教育行政をおこなう。②学校運営は保護者、地域住民、学校関係者、教育専門家などから構成される学校理事会による自主的な運営を基本とする。③学習指導要領を大綱化し、学習内容・学校運営を現場の判断で決定できるようにする。そして④中央教育委員会を設置し国の役割を基準行政に純化する。」(新藤宗幸・千葉大教授の要約)

■皆様にはこの改革の意味するところがイメージ出来ますか?ほとんどピンときていないかもしれません。これって『市町村教育委員会の解体』ですよね。実はこの改革論は肝心の民主党の地方議員でさえ充分咀嚼できていないのが現実だと思います。(政策集自体を読み込んでいるかどうかも怪しい)それほど教育改革論はマニュアックな世界のハナシなのでしょうか?そうではありません。民主党にとどまらずナショナルパーティの下請けに甘んじている地方議員の大半が地方分権改革(ビジョン)そのものを理解できていないからです。

■総選挙に先立つ東国原宮崎県知事と橋下大阪府知事の大立ち回りで「国と地方の協議機関設置」などがクローズアップされましたが、その背景に第二次分権改革に臨む地方6団体の改革論「分権型社会のビジョン」(平成18年・神野直彦委員長)が存在しており、ワタシラ地方自治関係者共通のバイブルだったわけですが、これもほとんどの地方議会議員に読まれていません。それほど「ドブ板・地元のパイプ役」「八百長と学芸会」の役立たずに劣化してしまっているからです。

■地方議会改革論は本筋ではないので横に置きますが、如何に分権改革を理解できていないかの象徴的な出来事は我が狛江市議会に例をとります。小泉政権時の三位一体改革問題の渦中の04年(平成16年)9月議会のことです。「義務教育費国庫負担金堅持意見書」が「農業委員会の必置規制堅持意見書」と共に採択されてしまったのです。(清水一人、「利敵行為だ」と反対討論に立ちました・市議会議事録参照)お分かりですか?知事会等地方6団体が一致してヒモ付き補助金廃止を要求し、文科省官僚と文教族議員に対決しているときに狛江市議会は教育委員会の小間使いをやって後ろから鉄砲を打ったのです。

■「政治からの中立」のためと称して、特別行政委員会の教育委員会を地方には必置させ、一方で中央政府は時の政権の文科大臣(政治家)が教育政策の実権を握るという空語、シカシテ文部官僚・族議員・教育委員・日教組まで含めた円筒行政が明治帝国憲法・教育勅語以来の官治集権の国家統治教育を依然として支えている。自治事務・現物支給サービスは地域が決定し、配給する方が効果的効率的であるという補完性原理にもとづく教育分権に対して文部官僚達の抵抗は熾烈を極めるだろうがこれこそ地方分権改革の本丸であり、地方自治関係者の分権度を計るリトマス試験紙ともいえます。

■だから中央の学校教育行政組織こそ内閣から独立した行政委員会とし、地方政府の総合行政の下に教育(の自由)を奪い返す民主党政策なら、例えば市町村が教員を独自採用し、ダメな校長がいたらすぐ罷免することが可能になるのですよね。文科省の厚い壁を破り、全国の「25人学級」の突破口を開いたのは首長である穂坂邦夫・志木市長のリーダーシップだったことを思い起こせば、すでに市町村教育委員会の形骸化と住民自治の下へ学校教育を取り戻す道筋はあきらかなのですよね。さて我が基本計画論議(市民分科会)で教育委員会改革まで議論を深められるかどうか?現・教育委員長の審議会委員のNさんと是非一度徹底議論してみたいと思う今日この頃でした。
2009年08月25日(火)14:28

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