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2009年9月

2009年9月25日 (金)

議会も(市民へ)お任せ民主主義か!

■昨夜8時に再会した総務文教委員会で、吉野議員(ネット・社民)の継続審査要求を退け、「第3次狛江市基本構想」に対する採決が行われた。結果は「計画期間20年を10年」とする一部修正の上、市長提案が可決された。29日(月)の本会議でも同様な結論になるであろう。計画期間を巡る修正は明政ク(自民)からとネット・社民からも出ていたが、そのネット・社民は同時にかなり大幅な加筆修正提案を行った。

■計画期間を巡る議論は前回(9月16日)の総務文教委員会のレポートの通りであり、議会側の指摘は正論だ。そもそも審議会自身、20年先を見通した議論など誰1人として問題提起した委員はいなかったし、分野によっては何の裏付けもない美辞麗句を並べただけなのだから、所詮20年だろうが10年だろうがどうにでも解釈(延び縮み)できるハナシだ。ただ、空想の20年とするより実行計画である基本計画と同じ10年間とすることで、基本計画(施策)にどう落としてゆくかを見れば「構想」が美辞麗句だったか否かハッキリするだけである。

■前から言ってきたが基本計画の要約(セット)としての構想でなければ(お飾りで)役に立たないのであり、その意味ではすでに多くの自治体で採用している「10年総合計画」(基本構想と基本計画の合体)に近づいたのである。行政をかばい、与党・共産党が云う「社会情勢の変化にも耐えうる理念としての20年基本構想」なんて時代遅れの旧自治省モデルに固執する理由はわからないが、そう云うワケでこの修正は議会(多数派)の一応の見識として評価してよいと思う。

■ただ明政も公明も民主も前回の委員会ではあれほど原案に文句を言っていた割には、計画期間の短縮だけでお茶を濁したのはナゼだろう?その点、吉野議員(ネット・社民)は堂々と将来都市像=キャッチコピーを含めた修正案を提起した。「わたしたちがつくる≪安心して住み続けられる≫水と緑のまち」と「(高齢になっても)安心して住み続けられるまち」とする市民アンケート第一位の要望に応えての加筆であり、他の会派も指摘していたとおり適切な判断である。

■修正案の詳細は、市原ブログや生活者ネットの発信を待ちたいがその他、「新しい公共」概念(とNPO政策)を補強する加筆、自治基本条例の制定を明記した加筆、男女共同参画社会化を意識した加筆、子どもの育ちと自立支援に関する修正なども、基本構想が議論不足で曖昧な表現だった部分を的確に補った修正案と言える。私的には地方分権改革の進行をもっと意識した分権型社会とは何かの議論に踏まえた修正も欲しかったが・・・。

■だから、少数会派の提案といえども折角の修正提案をその場で否決する門前払いの愚は避けて欲しかったのだが、「文案全体に対して各会派が修正を持ち寄ったら議論は際限がなくなる」「そこまで議会が(審議会答申と行政提案に)介入して良いものか」「時間がないではないか」といった声が廊下の立ち話で聞こえてきた。やはり・・・、かすかに期待していた市民と行政と議会のキャッチボールによる、より高次元の基本構想づくりは幻想だった。市民(審議会)への丸投げ・白紙諮問を批判した議会よ、君達もやはり(市民への)お任せ民主主義だったか?そのような(市民へ背を向ける)姿勢が議会というものをますます空洞化させ劣化させていることを気づいているのだろうか?(だから自治基本条例で市民が前面化せざるをえないのである)
2009年09月25日(金)16:32

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2009年9月19日 (土)

9月24日総務文教委に注目!

■今日の自治講座(第18回)には10名の参加でした。前半は例によって「自治基本条例」の学習。9月議会・市原質問への市側答弁を検証し、また合わせて基本計画市民分科会第一分科会(WG)での参考資料(自治基本条例)も眺めながら自治基本条例とは何か、議会基本条例とは何かを復習しました。

■後半は9月16日の総務文教委員会での基本構想審議の様子を報告し、何が問題になっているか、議会各派がどのようなスタンスで基本構想議決に対応しようとしているかを話題にしました。すでに委員会の内容はレポート済みなので省略しますが、議会としては基本構想案をこのまま呑むワケにはいかないという態度です。(与党共産党を除いて)

■しかして、9月24日(午後1時~)に審議再会する総務文教委員会がどのような結論を出すか?文言修正し議決するのか?あるいは9月議会を超えてさらに(延長)継続審議とするのか?さらには否決して市長に差し戻すのか?なかなかスリリングな展開になってきました。それによっては現在進行中の(下位計画である)基本計画策定作業も一旦ストップすることになるのか?修正や差し戻しになったら総合基本計画審議会としての対応はどうあるべきか等々様々な問題が派生します。基本構想・基本計画の行方に注目されている方は是非傍聴されることを呼びかけます。(次回自治講座は10月17日です)
2009年09月19日(土)18:52

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2009年9月17日 (木)

基本構想・議会審議紛糾する

■昨日9月16日、狛江市議会・総務文教委員会に付託された第3次狛江市基本構想の審議が行われた。正直いって普段ドブ板質問しかやっていない(失礼)我が狛江市議会各会派が基本構想という「まちの将来ビジョン」にどこまで迫れるか?ブログでも「存在感を示して」と呼びかけたが、ひょっとしたら議論もなくフリーパスで基本構想を議決してしまう最悪な想定もしていたが、ムムム・・そういう迫り方もあるのかとその存在を見直した。

■まさに市民委員としては、市議会が徹底審議してくれることで、時間に追われて議論不足・生煮えだった審議会答申を補強(修正)していただくことは大いに歓迎すべきことである。市民・行政職員・議会がお互いにキャッチボールして練り上げてこそ「まちづくりの最高指針」と言えるし、その権威・実行性が初めて担保されるからである。

■本来は特別委員会の設置などで総がかりで対応して欲しかったが、付託された総務文教委員会のメンバーの責任・議論水準が大いに問われるところになった。栗山欽行委員長(自民)以下、西村あつ子副委員長(共産)、委員として石川和弘(公明)、正木きよし(民主・行革)、吉野芳子(ネット・社民)、田口貴子(自民)、田中智子(共産)の7名である。

■さて、その審議状況だが、口火を切った田口議員(自民)は20年という長すぎる計画期間への疑問を例にとって、そもそも行政側(市長)の審議会への「諮問」内容は事実上「(主体性なき前例踏襲の)白紙委任」だったことを問題視した。また(基本構想への)「市民意識調査や前期構想の検証結果(コンサル委託)が適切に反映された構想案となっていると思えない」と会派としての見解を述べた。

■公明の石川議員も「時代の急激な変化とライフスタイルの多様化に20年構想では対応できない。10年で見直すというが、構想は根幹の理念でありそれを見直すと言うのであれば最初から10年構想とすべきだ」と述べ、さらに「『財政の健全化』を20年がかりで目指すのか」と追撃した。このツッコミには脱帽だった。三多摩26市中3市しか採用していない旧自治省モデルの20年構想が如何にお飾りで空疎なものかという総合基本計画政策の本質を突いたからである。「財政健全化は20年間でなく可及的速やかに計ります」という企画財政部長の答弁は図らずも20年どころか「当面の方針」の域を出ていない構想案であることを印象づけてしまったのは皮肉だった。


■ネット吉野議員は、「審議会議事録」「パブコメへの市の回答一覧」など新たな資料要求をしたあと、「意識調査」の「高齢になっても住み続けられるまち」への期待が極めて高いのに(高齢社会対策への)明確な書き込みがないのはどうしたことか。(狛江市のブランドである)「水と緑のまち」を実現する政策が感じ取れない。そもそも行政に「水と緑」についての覚悟があるのかと畳み掛け、構想案を修正したいと宣言した。さらには12月までの予定の基本計画策定だがそれに反映させるはずの「公共施設再編方針」が間に合わないではないか等基本構想・基本計画を貫いて策定工程の不備を指摘した。

■さて昨日の主役は正木(民主)議員だった。委員会の一日の質疑の約半分は彼の時間だった。すでに他の議員と重複した部分は除くとして、何度も答弁を止めながらの質疑の内、特に注目したのは8月末の基本構想審議会最終答申と市議会上程の行政側構想案の違いが正木議員の資料請求の結果あきらかになり、かなり大幅に文言が修正されたことへの「審議会軽視だ」とのツッコミだった。実はこのことは審議会委員の私や当日同じく傍聴していた審議会の主要メンバーであるY教授もまったく報告を受けていなかった。(9月議会初日の傍聴で議案書を見たとき、項目立ての順番に一部変更があった程度の認識はあったが)

■そもそも諮問に応えて提出された答申を行政(首長)がどう料理するかは裁量の範囲ではある。しかし単純な字句修正など違い、「(政策の)優先順位を考えて」項目変更や文言修正をした(企財部長)となればそれなりの説明責任が生じるのは市民参加協働条例から言って当然である。この答申後の大幅修正こそ、何度も言うがドタバタ生煮え答申に終わった超特急・お飾り審議会運営の結末だったのであり、上程基本構想案自体への懐疑の根拠となってしまったのである。曰く「白紙諮問しておいて最後は行政が大幅修正してしまうなら審議会はいらないではないか」(正木議員)と言うワケである。

■もう1つ、民主党・正木議員ならではの問題提起は、「政権交代によって地方分権改革が格段に進むことはあきらかだ、そのことは構想案に斟酌されていないとすればまさに空論の20年となるがどうか」だった。その日の質疑が構想策定過程や合意形成過程の不備や整合性を突くといった云わば揚げ足取りに傾きがちだった。しかしこの議論は正面からビジョン・戦略論としての「基本構想」を議会自ら語り合うきっかけだったが、「(議員同士の)自由討議」を否定している我が議会(委員会)審議にそこまでは望めなかった。

■最後に共産の態度は「与党」として無傷で採決したいとの態度がありありで、議論に加わるというより行政答弁を擁護するだけのために発言する、さらには驚くことに新たな資料請求が出るたびに「すでに本会議上で資料請求は終わっている、審議途中で次々に新たな資料請求するのはおかしい」と議論封じに出たのには正直驚いた。

■かくして審議は一日で終わるわけもなく(狛江の審議会なら最低1~2年かけなければ成熟した議論にならないと思っているし、たった1ヶ月の議会で対応できるワケもないと思っているが)9月議会会期内の24日に継続審議がとりあえず決まった。さて正木議員の民主党地方分権改革の(市町村での)最大の争点は「教育委員会廃止」にありと考えているが、そこまでの深い議論は期待できないものの、少し時間をかけて議会の修正議論が出来れば構想自体の水準も上がるだけでなく、今基本計画論議に入っている市民議論にも良い刺激となるのだから大いに遠慮なくやってほしい。与党共産党も行政擁護で沈黙せず自説にもとづき構想論議に加わるべきである。とりわけ「自治基本条例(議会基本条例)」は構想・基本計画でも折込ずみなので、我が身の議会改革も含めて各派の見解を示すべきである。さて土曜講座(19日午前)では風雲急を告げる基本構想(基本計画)論議をさらに皆さんと検証したい。
2009年09月17日(木)19:30

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2009年9月13日 (日)

こまえ地方自治講座(第18回)のご案内

■隠していた「高速道路無料化による経済効果試算」や天下りの実態などが次第にあきらかになってきています。政権交代効果ですよね。民主党政権によって明治以来の「官治集権政治」はどこまで解体できるのでしょうか?それは私たち自治体の最大課題である地方分権改革と同義語であることを自覚しなければまちの将来も見通せないですよね。

■現在、9月市議会では「狛江市第3次基本構想」の議決が最大テーマとなっています。パブコメ等市民意見を経て修正された構想案に対して市議会としての「まちの将来像(まちづくりの最高指針)」への見識が問われています。今回は9月16日の総務文教委員会での審議状況等を紹介し、市議会の議論水準を検証します。
どなた様も出入り自由です、お気軽にどうぞ。

■第1部 「自治基本条例」学習(市議会答弁など)
■第2部 市議会は基本構想にどう向き合うか
■9月19日(土)午前9時半~12時
■中央公民館 第1会議室
■資料代 200円程度

★講座予定 
第19回10月17日(土)午前9時半 第1会議室
第20回11月7日(土)午後1時半 第3会議室

★連絡先 市民自治研究会 
清水信之 岩戸南4-27-8 3480-0306

□基本計画第一市民分科会(まちづくり原則ワーキンググループ) 9月15日(火)午後2時~5時(市役所5F502会議室)『自治基本条例』を議題とします。

□市議会総務文教常任委員会(基本構想審議)
 9月16日午前9時~ 委員会室
2009年09月13日(日)08:29

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2009年9月11日 (金)

自治基本条例、市議会初の質問

■9月9日(水)、狛江市議会の一般質問で初めての(分権時代の標準装備である)「自治基本条例」をテーマとする質問が市原広子議員によって行われた。エーそんなバカなと思う方は、狛江市議会の会議録検索システムで確かめてほしい。(平成15年以前はデータ化されていないのであしからず)唯一議論の痕跡といえば、平成15年(2003年)の市民参加・協働条例制定時に当時生活者ネットの佐々木貴子議員が参加条例への意見討論で「生活者ネットワークは行政活動だけへの市民参加の手続きは不十分だとし、議会への市民参加を含めた自治基本条例の制定を求めましたが、取り上げられませんでした」と述べている程度です。

■ちなみに三鷹市市議会会議録では平成11年6月議会での(私の知人でもある)嶋崎栄治VS安田養次郎前市長との議論を皮切りに頻繁に(地方分権と)自治基本条例を巡る質問が行われています。正直言って悔しいので認めたくないのですが、三鷹市議会と狛江市議会のこの10年の落差、そして何より議論水準の格差をあらためて突きつけられた思いです。

■市原議員の質問タイトルが「狛江市は市民参加・協働条例で分権自治の時代を乗り切れるかー求められる自治基本条例」とあるとおり、「市民参加(条例)」は今では常識のように思われますが、おカミ依存・お任せ民主主義の自治体の風土を変えて、住民(市民)自治の仕組み・制度化する画期的な条例でした。狛江市もそうですが、平成9年(1997年)箕面市市民参加条例をモデルに全国に波及してきたものです。都市型社会(市民社会)の成熟による政策合意形成を、劣化した地方議会を補完する(乗り越えて)直接民主主義システムの欲求となって現れたものと理解できます。だからこそ矢野市長が最初に提案した市民参加条例(平成12年)を当時の狛江市議会多数派は(議会の権威を低めるとして)否決して抵抗したのです。

■一方、「自治(体)基本条例」はまさに当時の佐々木議員が指摘したように行政活動だけの参加でなく、主権者である市民による議会も含めた市政全般への信託のありかた、市政運営のルール等を市民が決めて行政・議会に誓約させるもの、まさに自治体の憲法(国民が国に約束させる)であるわけです。それが急速に広まった契機は2000年(平成12年)地方分権一括法で中央政府の下請けから対等の地方政府となったことからと言われています。つまりもうひとつの自治=団体自治として対等な政府間関係(地方政府発足)を宣言する意味合いも含まれているからです。

■こちらの方は、平成13年(2001年)ニセコ町まちづくり基本条例をモデルとしてすでに100近くの自治体が制定済みです。市原質問への答弁にもあったように、多摩でも多摩市(平成16年)、三鷹市(平成17年)、国分寺市(平成20年)、清瀬市(これは自治基本条例としてカウントすべきでないと思いますが)の4市が制定済みで、武蔵村山市、町田市、小平市、調布市などでその準備が進められています。さてかねてより自治基本条例のモデルとすべきは多治見市市政基本条例(平成18年)にありと口を酸っぱくして言ってきていますが、もちろん我がまちのルールですからそのバリエーションは様々です。例えば中野区条例では首長多選禁止をルール化したりしています。

■さて多摩地域ではどうでしょうか?そこに市民、首長、とりわけ議会の議論水準が現れます。「三鷹ルール」(と呼んでいます)では住民投票権を18歳以上としたり、副市長制を自治法に先駆けて敷いたり、出資団体の業務財務情報開示など自治体経営戦略を明示したり、市教委に学校を軸としたコミニュティづくりを課したりしています。また多摩市では(市民の信託行為により)市議会と市長の「設置」を明示し、自治の基本原則にまちづくりへの市民の参加権を提唱し、条例の実行性を担保する自治推進委員会を設置したりしています。

■国分寺市条例はその前文で『市民自治は・・地方主権を確立するため不可欠であり・・市民が主権者であり、国分寺市は市民の信託により創られてきた』と憲法原理を踏まえた格調高い表現になっており、『目的』で『市民主権を基本とする自治の実現』を謳っている割には(6年間かけて準備したはずですが)市政運営のルールに自治を担保する独自の具体的な仕掛けは見受けられません。

■これで自治基本条例の沿革は多少ご理解いただけたでしょうか?随分遠回りになりましたが、市原質問とその答弁は、市原ブログでのレポートも合わせて要約すると『(自治基本条例の必要性は)市民が中心になったまちづくりのために自治基本条例の果たす役割は重要』『(団体自治・国との関係では)地方分権改革の推進により、下請けとしての地方自治から住民のための地方自治へ転換した。(これを受けて)自治理念・基本原則の明文化、すなわち、自分達のまちのルールを自分達で策定するという趣旨では、自治基本条例制定も1つの選択肢だ』(企画財政部長)との認識を示し、

■市長発言としては『現行の市民参加・市民協働の浸透・着実な歩みの中で、市民の気運が盛り上がれば自ずと次には(市民参加条例を)自治基本条例に移行できる』『仕組みを作ることが重要ではなく、自治基本条例を制定するとなったならば、市民の参加のもとに地に足が着いた使える条例にする必要がある』といったところである。(議事録が出来ていないのでアバウトさはご容赦あれ)

■繰り返すが、これまで市長も議会も一度として(地方政府の憲法)「自治基本条例」に言及してこなかったことからすれば大きな一歩を踏み出したと言える。市原議員に拍手である。後発組だからこそ先進自治体の実験を踏まえたより内容の濃い条例は可能なのであるから遅いスタートを否定的に考えるべきではない。ただし、三鷹市など先進自治体がその準備・制定過程を4~5年程度かけていることを考えたとき、現在策定中の(前期)基本計画(5年)の最終年度あたりを工程表とするしかないであろう。それにしても「地方分権改革による住民自治の拡大」(の制度化としての自治基本条例)に理解を示しながら、今まで自治基本条例を検討してきた形跡もなく「市民の気運が熟せば」では心もとない限りの市長の「市民へのお任せ民主主義」には困ったものである。
2009年09月11日(金)16:08

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2009年9月 4日 (金)

議会は存在感を示して

■「日本人が市民になった」(9月1日朝日・オピニオン)「民主主義とはそもそも革命の制度化であり昨日の少数派が今日の多数派になるダイナミズムが民主政治の本質」(9月2日朝日・山口二郎)など政権交代への祝辞を噛み締めている今日この頃ですが、お疲れの地方議員も「民主主義の学校」である本来のお仕事場に戻ってその役割を果たしてほしいよねと一昨日は狛江市議会の傍聴に出かけた。

■私の関心事はもちろん「基本構想」だった。当日は行政側からの提案説明とそれへの(包括的)質疑だった。(付託された総務文教委員会・9月16日で実質的な審議に入る)基本構想最終答申(8月20日)は行政による部分修正を経て提案されたが、白井(自民)市原(社民)正木(民主)の3人が質問に立っていた。三者とも審議会の機能やパブコメ等による市民参加の不十分さなど構想策定過程への疑問を述べていたが、白井議員の質問は期待を裏切り最大会派明政ク(自民)として基本構想をどうしたいのかさっぱりわからない質疑だった。

■一方、正木議員の「基本構想の議会議決前に(その下位計画である)基本計画づくりが進行しているが、議会無視ではないか?」に対して「いやまだ検証作業であり、具体的な文案作りには入っていません」との苦しい答弁。市原議員の「基本計画づくりの中から基本構想にフィードバックさせると傍聴して聞いているが議会議決後も可能か?」など無理な日程、深い議論なしの形式主義のお飾り構想の矛盾を突いた質疑が行われた。

■ただし、包括的議論なのだから大所高所の突っ込みがあってしかるべきだったが、狛江市議会の慣例(市原議員の質疑もストップをかけられたけど、自由討議・逆質問もフリーにしなけりゃセレモニーだ)もあって、あとは隠れた委員会に託された。さて委員会ではどんな審議が期待できるだろうか?そもそも10年~20年先を見すえた市政運営(まちづくり)のビジョン(将来像)を決めるという一大イベントのその決定権を握っているという自覚(高揚感)がまったく感じられないのはド-したことだろう?(特別委員会設置も見送られた)

■各会派・各議員にしてみれば、おのれのまちづくりへの哲学・将来像、改革論を語る千載一隅のチャンス(20年に一度)であるはずである。もしそれが語れないのであれば市政刷新とかは空語だったことであり、市長選挙なども戦う資格なしということになる。(もっとも議員・議会活動はドブ板で良し、あとは国政政党の下働きが仕事と割り切っているなら問題外である)ところで「構想」ナンテそもそも形容詞ばかりの理念であり、自治法上行政が義務的につくるお飾りの将来像を相手に議論してもリアリティもなく空しいよと感じている議員諸君がいるなら、気持ちは分かるけどちょっと待ってよと言いたい。

■確かに市長から議論に当ってのナンのメッセージもなく白紙委任された基本構想審議会(正確には総合基本計画審議会)は有識者(学識者)グループも機能せず、市民議論も形ばかりで、(3年間・400人の三鷹市構想作りと比べて恥じ入るばかりだ)お飾り・お蔵入りが危惧される状況ではあるけれど、それでも将来像へ接近するいくらかの手がかりはある。そのキーワードは「(財政健全化の)戦略的な目標」や「新しい公共空間」だったり「自治体運営の基本的なルール」などである。
    
■引き続き「水と緑」を狛江市の象徴・ブランドにするかどうかっていうハナシは(極論すれば)どの道、政策なしの形容詞のハナシだからドーでもいい。一番肝心なのは自立都市(地域社会)を経営する(地方)政府(のカタチ)を分権時代に見合った「自己統治」(自治)のシステムとして如何に創出できるかである。その自己統治の内容を市民による政府への信託条項として明らかにし、地方政府をあらためて「設置」することを中央政府に対して宣言することが「自治(体)基本条例」である。

■その地方政府としての再確定、政治の主権者・市民による信託範囲は他でもない(政府を構成する)議会の有り様に及ぶ。遅々として進まない狛江の市議会改革を市民によって断行する絶好の機会でもあるワケである。こうして「自治体運営の基本ルール」(=自治基本条例)を巡る議論を狛江としてのアプローチの仕方を含めて深めなければ、今度は市議会がお飾りの基本構想の片棒を担ぐこととなるのである。つまりテーマは自治基本条例に限らず、「お飾り」にするかどうかは一重に議会の腰の入った議論にかかっているのですよね。

■繰り返しですが、基本構想の議論・議決はこれまでの市政の総括と将来ビジョンを議会(各派)自らドー考えているか?市民に開示する責任が問われているのです。「八百長と学芸会」「オール与党体制」ではない狛江市議会の姿を是非見せてほしいものです。
2009年09月04日(金)11:24

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