« こまえ地方自治講座(第19回)のご案内 | トップページ | 基本計画・数値目標は役所任せ? »

2009年10月23日 (金)

悲しき狛江市の地方分権感覚

■鳩山首相が「必殺仕分け人」と呼ぶ「行政刷新会議」は95兆円に膨らんだ新年度予算概算要求の約3兆円削減を目指す、その手法が「事業仕分け」だ。ただし時間の制約もあり国の事業3千の内、240事業(約3兆円)をピックアップするに過ぎないがその廃止・見直し判断基準を普遍化させて予算全体に切り込みを入れるというシナリオのようである。構想日本の「事業仕分け」は地方の行革のツールとして開発されてきたものだが、狛江市議会などでも公明党・道下議員などが提唱していたのを思い出す。

■第3者(外部)によってオープンな場で「行革」を進めるその効果は否定しないが、そもそも首長も議会(市民)もお手上げだから第3者に依頼するしかないというなら自治の放棄でもある。現に狛江の公明党議員の質問を見る限り改革論というより、ドブ板型・個別要求路線の方が勝っている。だから「ごみ有料化」も「敬老金廃止」も自ら言ったことはない。断っておくがこれは公明党に限らず市議会全体の水準である。問題は行革論・構造改革論の拠って立つ歴史認識・理念・ビジョンである「地方分権改革論」の不在なのである。「選択と集中」は誰でも言える総論だが各論の何を削り何に投資するのか市長も議員も言えない。だから「基本構想・基本計画」の論議すら市民丸投げで主体的に加わらない(加われない)のである。

■「刷新会議」の事業仕分けで240事業に対して、廃止・見直し・民間開放・地方移管の仕分けが国民注視の中行われるという。政治の風景が確実に変わりつつある。枝野議員に期待大である。それはそうと「地方移管」等の仕分けは地方分権改革推進委員会勧告による分権改革のフレームを拡大・前倒しすることになり、自民政権で足踏みしていた改革は更に促進される。

■その「地方分権」と今後の市行政(の関係)について語り合ったのが21日の第7回基本計画第一市民分科会(自治・行財政分野)だった。本年前半の基本構想審議会でも私から「分権改革」(の動向)を理解せずして10年~20年先は見えて来ませんよと盛んに言ったけど、事務局スケジュールに従順な委員長采配で本格議論に至らなかった。(だから絵に描いたモチの「構想」に終わった)その先送りされたテーマを基本計画分科会が引き取ったのだった。

■分科会座長の山岡委員(法大教授)はともかく、多くの市民委員(当日8名)にとっては守備範囲を超えた荷の重いテーマである。(でもここを学習できなければ自治や行財政改革の明日の姿は見えて来ないのですから頑張ってね)その重いテーマを一層重くしてしまったのが、事務局(政策室)コメント(分権改革とは何か)だった。そこには(「分権改革の自治体への影響」として)『①自治体の自由度の向上=自治体の判断が広がることに伴い、自治体の創意工夫によって、地域特性に応じた取り組みが可能になる。自治体職員、住民の工夫、熱意などが活かせる時代になり、新たな取り組みがしやすくなる。②自治体格差の拡大=自治体の財政力や、まちづくりに向けた地域(行政、住民、企業等)の総合力などの強弱が、サービス内容やまちづくりの良し悪しに反映して、自治体格差が広がる可能性がある。財政的な理由で、サービス水準を下げる自治体も現れる可能性がある。』と書かれてる。

■皆様これを読んでどう感じられたでしょうか?単に分権のメリット・デメリットを並べ立てただけで、そこには我が自治体として地方分権を戦い取る、積極的に進めるという主体的な姿勢は微塵もみられません。実はこれが我が狛江市政(首長)の“分権改革度”なのです。主体的に受け止められてないのは、行政(役人)の立場からの被害者発想・既得権益擁護発想があるからでもあるが、最も肝心な理念である市民主権による「(住民)自治への挑戦」が理解できていないからです。だから「自治基本条例制定」へも後ろ向きなのです。

■ハナシを戻しますが、だから我が分科会メンバーの分権改革の受け止めも、三多摩で(あきる野市と狛江が)最悪の財政状況では「自治体間競争」の負け組みにならないか?例えば子育て環境の「自治体格差」により住民(若年世代)が流失するといった危機感が強調された。一方で、地方分権の「外圧」を受けて危機意識が醸成されることを期待したいので早く分権が進むべきだなど複雑な心境も吐露された。このようにやはりネガティブな分権認識に対して、私からは分権改革の「外圧」の内容を理解すれば「希望」が見えてくるはずだと応答したけどどこまで分かって頂けたでしょうか?

■民主党政権下で加速する分権改革を横目に見ながら、基本計画(5年)審議がいよいよ佳境に入る。構想が10年に修正され、基本計画も5年となったことはより実行計画の精度が求められることになる。そこで課題となるのが政策(施策)目標=評価指標・ベンチマークの設定である。例えば、新しい公共空間づくりの1つの指標がNPO法人取得数であったり、「水と緑のまち」の緑だったら「緑被率」だったりと具体的な数値目標を示すことで絵に描いた餅から市民への約束(市民からの命令書)となる。しかしこれを事務局(行政)に任せれば必ず総花的になり事業仕分けのような「選択と集中」は出来ない。

■ただし、市民委員が主導権を発揮するためには、そもそも行政評価制度とは何かから始まり、施策単位の評価項目と評価基準を設定するためには各施策・各事業の詳細に精通し、その改革方向・改革の物差し(優先順位付け等)が共有されていなければならない。そのための学習・議論は12月までの2ヶ月足らずでは不可能だ。したがって基本計画市民分科会とそれを総括する総合基本計画審議会を半年程度延長すべきである。そうでなければ市民がつくった基本計画にならない。このことを10月29日の審議会で主張したいと思っている今日この頃でした。
2009年10月23日(金)13:18

|

« こまえ地方自治講座(第19回)のご案内 | トップページ | 基本計画・数値目標は役所任せ? »

地方分権改革」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 悲しき狛江市の地方分権感覚:

« こまえ地方自治講座(第19回)のご案内 | トップページ | 基本計画・数値目標は役所任せ? »