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2010年5月 9日 (日)

「二元代表制の呪縛」と「公選首長廃止論」

■土曜日(5月8日)の地方自治講座には9名の方がご参加いただきました。当日の資料は全て総務省HPの「地方行財政検討会議」(以前の地方制度調査会に相当?)からですが、①地域主権戦略の工程表(案)【原口プラン】 ②「議会と長の関係に係る見直しに関する視点(案)」 ③橋下徹・大阪府知事提案「地域主権確立のための改革提案~地方政府基本法制定に向けて~」(議会内閣制の項抜粋) ④「諸外国及び過去の日本の基礎自治体における執行機関と議決機関との関係」などでした。テーマが「自治体『内閣制』の是非」と少し大きすぎたので、頭の体操になったかどうか分かりませんが、視野の広い議論と同時に狛江市議会のココがおかしいよねというローカルな改革論が交差した2時間半でした。

■さて本題の橋下提案(内閣府の地方主権戦略会議構成員)ですが、「議会内閣制」のイメージは割りと分かり易い。議会推薦の議員を副市長や○○部長(取締役?)といった“内閣構成員”に政治任用する。そのため議員の自治体職員との兼職禁止規定(自治法)を廃止し、選挙制度を首長と議員の任期を統一する。といったものでして、“首長と地方議会が協働し、責任を共有する”という主旨そのままですよね。しかし、これって、そもそもの「二元代表制」(機関対立主義)と言ってきた戦後日本の地方自治制度の破壊?解体ではないか、議会を執行機関に取り込んでしまう(機関融合主義)ことで首長独裁政治が起きないか?といった批判もあるけどがドー考えたら良いのでしょうかねと参加者に振ってみました。

■そこでのご意見では「そもそもごく一般の市民からしてみたら、国の制度(議員内閣制)と地方自治体の政府形態が違うこと自体が分かりにくいし、『ニゲンダイヒョウセイ』なんて言葉自体ほとんど理解できていませんよね、どっちでも良いから民意がしっかり反映される地方自治の制度にしてよと考えているのではないでしょうか」「橋下知事や河村たかし名古屋市長や鹿児島の阿久根市長が圧倒的な支持を受けているのは、議会との全面対決を通じて、抵抗勢力?無用の長物と化している?地方議会という制度が白日の下にさらされ、そこを含めての改革論のダイナミズムが市民の共感を呼んでいる点にあるのではないでしょうか」など総じて橋下提案への賛成意見が当日の講座では勝っていました。ウーム・・・分権改革の象徴(目玉)こそ議会改革にありとの議論が表に出てきたことは大いに歓迎ナンですがね・・・。

■かってワタシは「地方議会解体論」という(自虐的な)小論文を市民新聞に投稿したことは前にも書きましたが、そもそも資料④の「地方自治制度の諸外国比較」(仏・英・伊・独・米・スエーデン・韓)を見ても、「二元代表制」は韓国だけで極少数派という問題に加えて、資料②でも「現行制度は長の側に明らかに権限過剰であり、世上いわれる抑止均衡とはなっていない点である。これは日本の地方制度が出発点から地方議会の根幹制を認めず、終始脇役の地位に置いてきた結果であり、二元代表制の原理から逸脱する長の側の権限過剰がまかりとおってきたといえる」(平成18年第二次地方(町村)議会活性化研究会)という引用がありましたが、ワタシも「脇役の地方議会」という指摘こそ本質的な問題と深く自覚させられた覚えのある論文でした。

■その「活性化研究会」の委員長の佐藤竺・成蹊大名誉教授と共に報告書作成に加わった今村都南雄・中央大教授も、これまで「二元代表制の呪縛」に囚われてきたと言っています。「そもそも民主的な自治の仕組みを構想する上で、長と議会のいずれかがより本質的な位置を占めるのかを考えてみるならば、それは議会の側ではないだろうか、民主的な自治にとっては、公選の長は必ずしもなくても良い存在ではないか、こういうことになります。憲法が長の公選制を規定し、また自治法の147条が首長主義をとっていることを考えますと、この言い方は一見穏やかではなく感じられると思います。しかし、二元代表制の枠組みとらわれず、議員内閣制やシティマネージャー制、あるいは委員会制など、世界の主要国で現に採用されている仕組みを考え合わせるならば、それらにおいて公選の長はすべて不用となりますから、民主的自治にとって必ずしも公選の長は必要ないとの主張もさほど危険な思想にあたらないと考えられます」(平成18年・市民と議員の条例づくり交流会議)

■今村と共に行政学(地方自治)の権威である大森彌・東大名誉教授(元都道府県議会制度研究会座長)も同様に「執行部優位の二元的代表制」を問題とし、さらに過激に迫っています。

「二元的代表制を言い始めたのは、おそらく北海学園大学の神原勝さんが最初です。すでに十数年前の大学センター試験にも出され、高等学校の公民でも教えられているはずなので、すでに定着したものとは思っておりますが、あにはからんや、首長も議員も二元的代表制など聞いたこともないと言う人がまだ多数でしょう。したがって二元的代表制とは、「二元代表制を前提とする」との今村先生の発言とは異なり、「実現されるべきもの」だと私は考えています。ただし、明治以来、圧倒的に執行部優位の体制であるという点については、私と今村さんの認識は一致しています。「執行部優位の」と形容詞のついた二元的代表制の改革を本格的に考えるならば、その道筋の一つに首長公選制の廃止、つまり議長が首長となり、議員が行政を直接コントロールするしくみをつくる議会制の道は、明白にあり得ると私も思っています。しかし、もうしばらくはこの二元的代表制の枠組のなかで、改革できることを改革すべきだ。その上でなおかつ、新しい政治の形態を住民が選択するという道があり得るだろうと考えています。実はこのところ私は、議会を少々活性化、強化したところで、日本には地域のデモクラシーは実現しないのではないかと思い始めています。ガンなのは首長公選制ではないか。しかし、これを大合唱した途端に軽薄な学者が集まったとなると困るので、もう少し地に足ついた議論をすべきでないかと思っています」(同交流会議)

■さて、ワタシ的にも明治以来の官治集権政治(松下圭一)に根っこがあるインチキな(擬制の)二元代表制の呪縛を超えて、原則論から言えば議会優先論であるべきと考えますので「強(力)首長制」に変則議員内閣制をドッキングさせた橋下案というより、むしろ「純粋(?)議員内閣制」(首長制廃止論)こそ地方自治の政府形態であるべきだと思います。ただし、議会改革の遅れゆえに圧倒的な世論が首長制偏重に傾いている(ともかく市長を変えなけりゃ云々)現実にどこまで切り込んでいけるかですよね。

■そこで次の5月28日にはその議会から出前講座を受けます。ただし議会事務局職員による狛江市議会の基本的な仕組みについての講義です。ところで議会事務局職員って首長の人事権の下に置かれている(?)けど、「行政府」に対して(それを牽制する)「立法府」の議会事務局人事が行政に握られていることって、結局馴れ合い(行政優位)にならないのかなあ?という鋭い疑問が出されたりしましたがこれってまさにインチキ二元代表制の本質にかかわるハナシでもありますよね。「頭の体操」の効果が徐々に出てくれば講座の床屋政談もムダではないですよね。それではまた。


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