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2010年12月

2010年12月20日 (月)

自治基本条例の立法事実

■当ブログでの勝手ながらの石井講義の私流解釈に当の石井先生から補足の論文が届きましたので以下全文掲載させていただきます。これで『欠缺』の読み方も『立法事実』の意味もよく理解できました。皆様も参考にしていただければ幸いです。

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≪自治基本条例の立法事実≫

端的に言って、自治基本条例の立法事実は、2000 年の改正地方自治法の施行により生じているといえます。従って、自治基本条例が制定されないまま、10 年を経過しようとしている自治体は、いわば「違憲」、あるいは「法の欠缺(けんけつ) 」状態にあります。

改正地方自治法の1 条の2 によって、地方政府が誕生し、国と地方は対等の関係となりました。この条項は、松下圭一法政大学名誉教授が主張してきた「二重信託論」がここに条文の形で結実したということです。従って、国民(住民)は、国に信託すると同時に、地方にも信託をしているという二重の信託をしていることになります。

国民は、国に信託するにあたって、日本国憲法を作り、憲法に則って国(政府)が政治を行なうよう命令しました。しかし、これまで地方政府(自治体)については、中央集権的体制によって、国の出先機関的な扱い(三割自治、機関委任事務、通達制度等)に過ぎなかったわけであり、国民が信託した「地方政府」としての地位を認められていませんでした。

今回の地方自治法の改正において、自治体は、国と対等な「地方政府」として法律によって明確化されたわけです。そうなると、国との関係では、政治を信託するにあたって、信託条件を明らかにするための「憲法」を定めたのですが、「地方政府」には、信託するにあたって、信託条件を明確化するための「憲法」がないという状態が生じているというわけです。それ故に、地方政府に信託するにあたって、信託条件である「わがまちの憲法」が創設されなければならないということなのです。

さて、自治基本条例を制定していないことは、「違憲」状態であると述べました。「大袈裟な」という向きもあるでしょう。しかし、憲法価値である「地方自治の本旨」を具現化していくための自治体の根本法である「憲法」が定められていないまま、10 年を徒過しようとしていることは、憲法上の由々しき問題といわなくてはなりません。

こうした「法の欠缺」状態については、立法者の裁量という問題がありますが、自治基本条例が自治体の根本法であり、憲法である以上、10 年もの年月の徒過は職務懈怠(けたい)として、不作為による違法として、国家賠償法に基づく訴訟が提起される要件を備えています。訴えられるのは、首長、議会の両者です。

これまで、不作為により法が制定されていないことで最高裁まで争われた事件は、既にいくつかあります。しかし、裁判に勝訴するか否かを考えるよりも、職務懈怠、不作為などと不名誉にも訴えられることのないように、当事者(首長、議会)が立法をすることが肝要であり、それこそが「政治」というものだと思います。

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2010年12月19日 (日)

「8割の基本条例は間違っている」

■昨晩は公民館連続講座(6回)の最終回。「自治基本条例とは何か」を担当した自治体法務のプロ・石井秀一氏(自治体総合政策研究所)が約40人の受講者を前に大いに吠えた。石井秀一といっても全国的には無名に近い。というのもH県の法務担当や民間企業コンサルを経て現在のシンクタンクを立ち上げてまだ5年という、云わばこの業界では新参者だからである。私もこの自治体総合研究所のHPを発見したのもほぼ1年前だった。

■その石井さんという研究者の「歯切れの良さ」は学閥(や師弟関係)と無縁な一匹狼(?)であることと、ナンと云っても法制執務(自治体)の現場を知っているから美辞麗句なしのリアリズムで問題を切開してくれるからである。だから「わかり易い」のである。それは「(現在150ほど)制定済みの7~8割の基本条例が『市民の定義』を間違えている」「その原因はまちづくり条例との混同にある」とのショッキングかつ一見ネガティブな問題提起から始まる。

■その厳しい指摘の背景には2000年地方分権改革(地方分権一括法)に対する視野の広い分析がある。それは「改正自治法第一条の2」の「自治体と国の役割分担明確化」「地域における総合的な行政主体」とは「地方政府の誕生」であり、「団体自治」の強化だったが「住民自治」は改革されなかった。ナゼか?「自治体(政府)の形態、組織を住民自らが決定できることが真の地方自治」なのに「地方自治法の中央集権性(の残存を望む勢力)」がそれを許さなかったのである。その端的な例が地方議会への「請願」「陳情」(主権者を忘れた上から目線)などの言葉にあると説く。

■その住民自治を描ききれていない「未だ不備な法である地方自治法」だから「地方自治基本法」(神奈川県など)への希求がなされてきた(し、現在民主党政権下での「地方政府基本法」(原口プラン)制定への動きなのである)。「自治体の組織や運営の基本的なルールを住民が自己決定できる」って云えばアメリカの「ホームルールチャーター制度」が典型であり、例えば公選法上の制約を越えて首長・議員選挙権を18歳以上とするなどの事が可能となるような自治体運営条例(自治基本条例)の制定権を「授権」(法的根拠)させることがその(地方自治基本法)考え方であると続く。

■それではそうした基本法が整備されなければ「自治基本条例」は制定できないのだろうか?それは逆である。「自治基本条例の『立法事実』(制定の根拠)は、2000年の改正地方自治法の施行により生じている。立法者の裁量をすでに越えて『法の欠缺(けつ?)』状態にある」として「自治基本条例が自治体の根本法であり、憲法である以上、10年もの年月の徒過は職務懈怠(けたい)として、不作為による違法として、国家賠償法に基づく訴訟が提起される要件を具備」しているとショッキングな警告を発したのです。

■さて、「立法事実は明白であり、すでに法の欠缺状態にある」の「欠缺」は「けっけつ」と読むのか「けっこん」と読むのかを含めて、石井先生にもう少し説明を聞かなければ充分な理解とは行かないのですが、そこまではっきりスッキリ自治基本条例制定を提言した学者を知らない。さてここまでが「石井ショック」の2例目ですが、それでは最初に触れた「まちづくり条例との混同」なき「自治基本条例」の本質とはナニかについては「自治基本条例は、憲法同様、信託関係を明らかにし、権力を付与される者(政府)に、信託条項の一覧表(それが自治基本条例)に基づいて行動することを命令するもの」であり、その「信託論」(松下圭一・二重信託論)の思想への理解を大前提とする。

■「まちづくり条例との混同批判」はさらにそこで流布(流行)している「協働のまちづくり」の「協働」概念への徹底批判へと続く。「基本条例は主権者とその信託相手(機構)の関係を律するもの」なのであって、住民以外(通勤・通学者・企業・NPO)の者の登場はアリエナイとする。これはナットクできる。ただしその延長線上で「新しい公共」や「その担い手としてのNPOと市民社会論」は「行政のアウトソーシングの範疇」「学者の机上論」とバッサリ切って捨てられるとワタシラ10年NPOを実践してきた者として内心穏やかではない(とユーカ正直いってココだけは消化不良)。

■講義のあとの質疑応答で、その「協働論批判」と関連して、私から「平成15年以来狛江では「市民参加・協働条例」を推進してきたが『参加疲れ』『協働疲れ』にあることは間違いない。だから行政はその『参加・協働条例の見直しの際に自治体運営の基本ルールの検討に入ります』(22年3月基本計画)としているが、参加・協働(概念?路線?)の延長線上では「自治基本条例」のステージは見えて来ないですよね」と念を押したのは、行政への(議会は対象外)参加という限定つきで、かつ主権者概念がアイマイだから上から目線でしかない当該条例をその範囲で色々修正しようとしてもムダであり、やはり「信託関係と代行機構の覚醒」(石井)をもたらす自治基本条例のステージを設定したのち下位条例として見直す手順が妥当ということだけは確認しておきたかったからでした。

■いやはや、とりあえず「石井講座」をワタシ的に勝手に(しかもピンポイントで)解釈してみました。何度も言いますが「自治体総合政策研究所」のサイトをじっくりご覧あれ。石井さんご苦労様でした。さて、私達狛江市民は池上洋通、大和田一紘、辻山幸宣、石井秀一の4人の講座を受講することで「自治体の憲法=自治基本条例とは何か」について本格的に学習・議論する価値のあるテーマであることを発見したと言えます。公民館関係者、講座を企画した皆さんにあらためて感謝いたします。明日(12月20日夜)は講座受講者の交流会が持たれます。できれば「自主グループ」の発足へと進めば良いですよね。

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2010年12月15日 (水)

劣悪な施設からアパートへ

■先日ご紹介した江東区福祉事務所との「攻防」を経て、Dさんは国立の施設から狛江のアパートへ転居が実現します。(入居資金支給が決まり、現在引越しの準備中)実は昨日、立川市役所の記者クラブで、12月25~26日「年末相談会」(府中公園)のアピールのための記者会見があり、こまえ派遣村も共催団体として同席した際、「水際作戦の横行と貧困ビジネスと一体化している生活保護行政」の無法ぶり、深刻さを訴え、それへの闘いぶりを紹介しましたが、実はこのDさんのようなケースはかなり「荒業」に属する「直アパ作戦」なのです。

■ワタシラからすれば当たり前(移住は憲法上の当たり前の権利)のハナシなのですが、福祉事務所の現場ではアリエナイ話(狛江の職員は嘆いていました)なのです。つまり江東区(23区は基本的に同じ対応)では、まずアパート入居自体を認めていない(といって過言ではない)こと、さらに現在生活保護費を受給している自治体から他の自治体への「移管」はよほどの事情(公営住宅入居とか就職先の関係とか)がない限り認められていないからである。

■しかし毅然として申し入れすればこれを却下できるワケがないのです。ちなみにその際の「申請書」「理由書」を添付いたしますのでご参考にして下さい。

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              一時金支給申請書

宛先    江東区福祉事務所所長
                 
平成22年12月3日

アパートへの転宅のための一時金支給を申請します。なお移転先の狛江市への生活保護事務の移管手続きも行ってください。
以上、生活保護法第30条本文に基づき、審査を行ってください。
なお、審査結果は必ず文書にて回答下さるようお願いします。

申請者 氏名 ○○○○      印
住所  ○○○○ ○○○○ ○○○○        


連絡先 「さくら国立ハウス」内 ○○○○
又は 狛江市東和泉2-20-12「みんなの広場」内 こまえ派遣村 
(こまえ派遣村担当世話人 清水信之 携帯090-5815-5761)

こまえ派遣村の被保護者との関係 支援組織

※生活保護法第30条
第1項 生活扶助は、被保護者の居宅において行うものとする
ただし、これによることができないとき、これによっては保護の目的を達しがたいとき、又は被保護者が希望したときは、被保護者を救護施設、更生施設若しくはその他の適当な施設に入所させ、若しくはこれらの施設に入所を委託し、又は私人の家庭に養護を委託して行うことができる

第2項 前項ただし書きの規定は、被保護者の意に反して、入所又は養護を強制することができるものと解釈してはならない

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             アパート転宅に関わる理由書

宛先  江東区福祉事務所所長

被保護者  ○○○○
 
平成22年12月3日

別紙のとおりアパート転宅の一時金申請書を提出させていただきましたがその理由につきまして以下述べます。

1、現在、私は国立市の無料定額宿泊所「さくら国立ハウス」にいます。失業し家賃滞納でアパートの退去を迫られ生活保護を受けるとき、それまで住んでいた江東区内のアパートでの居住を希望しましたが、ケースワーカーに施設以外ありえないと言われ、しかも空きがないとのことでやむを得ず遠方の現在の施設に入りました。

1、施設での生活は仕切りなしの4人部屋(トイレ、風呂、テレビも共同)で大変不自由です。食事も粗末でこれが一食あたり550円かとおおいに疑問です。生活保護費から差し引かれた残金は2万円ほどですので、酒もタバコもやらない私でも厳しく、地元の江東区への就職活動をしたくとも、外出等ままなりませんでした。

1、昨年8月28日の入所以来1年2ヶ月が過ぎました。その間施設側からの就労等へのサポートはなく、また保護を受けている福祉事務所からも今年11月まで訪問もなく、何か見放されたような孤立感を感じていました。本年10月、1年以上同室で仲良くしていたKさんが狛江市にアパート転宅し、Kさんはストレスから解放され体調も良くなり、今後の生活への希望にあふれている様子を聞き、私もなんとかアパート生活に移りたいと強く思うようになりました。

1、その狛江市にはKさんを含めて元ホームレスの方々が共に励ましあい仕事探しや地域のコミュニティへの参加などを進めている「こまえ派遣村」があります。もともと狛江市にも昭和63年頃約5年間過ごしたこともあり、そうした派遣村のサポートを受けながら就労自立の道も開けるのではないかと考えます。

1、狛江市への転宅を希望するもう一つの理由は、言いにくいことですが、江東区の福祉事務所の担当ケースワーカーの威圧的な態度や命令口調の「指導」にはノイローゼになるほどのストレスを感じてきました。そうした方々のいる江東区の保護行政にはもはや期待できないし、正直言って一日も早く離れたいのです。

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■ついでですが、次回はワタシラ「こまえ派遣村」が自らの立ち位置、存在理由を考える際、最も関心を寄せている「自立支援プログラム」とはナニか、狛江市での実情について資料が入り次第レポートしたいと考えていますが、そのような問題意識に至るまでに参考にした文献などもご紹介しておきます。とユーか今日の貧困問題・生活保護行政を考えるときの必須文献かなと思いますので・・・。

■湯浅誠「反貧困」(岩波新書)、岩田正美「現代の貧困」(ちくま新書)、本田良一「ルポ生活保護」(中公新書)、湯浅誠「あなたにもできる生活保護申請マニュアル」(同文館出版)、厚労省「生活保護受給者の社会的居場所と新しい公共に関する研究会報告書(平成22年7月)」、分権型政策制度研究センター「分権型の生活保護行政に向けて(平成18年8月)」(代表・新藤宗幸)、日弁連「生活保護法改正要綱案(平成20年)」以上。


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2010年12月11日 (土)

ニセコ町VS三鷹市

■昨晩の「地方財政とまちの憲法」をテーマとした大和田一紘さんの講座(中央公民館)には約30人が受講した。狛江の公民館とは10年来のお付き合いがあり、彼の財政講座を受けて「財政研究会」ができたり、「市民版・狛江の財政白書」づくりにも貢献してきたお馴染みである大和田さんの「地方財政講座」は全国的な人気を呼んでいる。

■その大和田さんによる「まちの憲法」論に初めて触れた。同じ「多摩住民自治研究所」の池上洋通さんを「硬派」と呼んだが、大和田さんはいつもニコニコ、そして話がわかり易いのは「現場」の実践例を添えるからだとナットクした。さて自治基本条例とはナニかに迫るため彼が用意してくれたのが元祖「ニセコ町まちづくり基本条例」(平成12年)と「三鷹市自治基本条例」(平成17年)の条例対比表だった。

■対比表では「制定背景」「策定までの取り組み」「条例の性質」から、各論の「目的」「議会の役割と責務」「情報公開」「市民の権利」「首長の役割」「住民投票」「財政」「まちづくり・参加・協働」等を区分して分析している。ご存知のように両自治体とも全国的にも地方自治のモデルとして評価の高い自治体である。そもそも導入背景から言っても方や「首長・行政(職員)主導」であり、方や全国を驚かせた400人の基本構想づくりが原動力になった「市民主導」の違いがあるなど、それにしても同じ「自治基本条例」でこんなに表現が違う、バリエーションがあるというのも発見でしたよね。

■ついでにいえば、ワタシ的には同じ地方自治業界の学者でもこんなに視点・評価の違いがあるのか?という発見の驚きでした。と言うことはそもそも「自治基本条例とはナニか」についてもその立ち位置に大きな差異があるということですよね。ただし池上さんも大和田さんも辻山さんもそしてトリを勤める石井さんも地方自治改革に熱い情熱を寄せている学者であることに変わりはないのです。ちなみに松下圭一が造語した「自治体改革」と「自治体学会」から40年?現在の全国規模の地方自治に関係する「学会」の林立状況とナニか関係しているのでしょうかね。つまり百家争鳴状況ということですよね

■その立ち位置の違いですが、当日の講座会場で事前配布された12月17日最終講座の石井秀一さんのレジュメ(そして石井さんの自治体総合政策研究所のサイトから「自治基本条令読本」)を見ればお分かりのように石井さんは「まちづくり条例との混同」を厳しく戒めている。一方、大和田さんは「基本条例・参加条例・まちづくり条例の3つの機能が入っているニセコ条例」を大いに評価している。このことは大きな分岐点のような気がするが如何でしょうかね?

■ついでにですが、石井さんによれば「まちづくり基本条例」とニセコが命名したお陰で「まちづくり条例」との混同が拡がった。しかしニセコ条例は「自治(体)基本条例」そのものなのであり、だから平成22年改正であえて「協働」という言葉を削除したのは「住民主権概念」とバッティングするからであり、「協働によるまちづくり」は住民だけでない事業者、通勤・通学者まで拡がった考え方だからそれは信託条項一覧表としての自治基本条例とは区別されるべきだとの考え方によると見る。

■それでは下位条例としての「まちづくり条例」に委任すべき概念としての「協働」は果たして許容範囲なのであろうか?石井さんはそれもNOだとするだろうか?そこは次回の講座で確かめてみたい。いずれにせよ石井秀一さんという新進気鋭の学者によれば「自治基本条例の伝道師」の辻山幸宣氏が関与したにもかかわらず多摩市(平成16年)も三鷹市(西尾勝が関与)も国分寺市も小平市も「まちづくり条例との混同」のミスを犯していることになるというワクワクするような複雑怪奇なハナシが、「自治基本条例ってナニ」の世界なのですよね。(大和田さんの得意分野である財政規律と基本条例・総合計画のハナシはまたの機会へ)次回12月17日の石井講座(「地域主権・自治基本条例」)はおススメです。

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2010年12月10日 (金)

市民主導と運営主体をドーする?

■「こまえ派遣村」の意味を考える上でのキーワードとして「直アパと貧困ビジネス」を挙げ、そして「(生保受給者の)自立支援プログラム」に焦点を当てたいと思っているが、福祉事務所に対して開示要求した関連資料が約一週間過ぎても出てこないので少し後回しとしたい。申し遅れましたが先日12月5日の「こまえ楽市」出店による収益は約3万円でした。物資提供及びご協力いただいた皆様に感謝します。

■昨晩は第2回「市民活動支援センター開設準備委員会」でした。当日の協議事項は「工程表」「他市市民活動センター見学」そして「運営団体の募集、選考方法」でした。初回より「役所にオンブにダッコで施設を提供してもらうような活動センターの開所なら、かえってますます役所の下請けNPOをつくるだけで『NPO自立センター』にならない」と言ってきました。26年オープンまでの企画政策室による工程表案が出され、建物設計が運営団体募集の時期に間に合わないのではないですかなどの質疑がありましたが、私や他の委員からも運営団体(指定管理者?)募集が先にありきでは(その団体にお任せになってしまい)センター開設に主体的に参加して行こうという環境づくりにマイナスなのではないですか?などの意見が提出されました。

■もとより、行程表も「運営団体」「その募集」(報告書で公設民営と決めた)のあり方もこの委員会で決めれば良い事ではあるけど、すでに「市民活動支援センター設置検討委員会報告書」(平成20年9月)で中身の議論(理念・機能・運営方法等)は済んでいることを前提にしている事務局は(そして委員長も)余り本質的な議論を蒸し返したくないのかもしれない。しかし中間NPOとしての運営主体の資格とは何か、はたまた「公益活動団体のネットワーク化とアドボカシー機能の発揮」とは何を指すのか?できるだけ深い議論を巻き起こしながらセンター開設の意味を確認してゆくことが肝心ですよね。

■まだ、「市民活動支援センター」のイメージが湧かない委員もいる事を含めて、そのモデルを探す?センターの役割とは何かをもう一度考える見学会もやることになった。旅費も出ないから近場の調布市、三鷹市、府中市を選択した。選から漏れたが多摩NPOセンターの新しいパートナーシップ協定(運営会議と多摩市)では「市民連帯のネットワークを築き、地域や社会を変えていく形と力を生み出す」ことをセンターの目的として共有している。狛江のセンターに求められているものは何か、そして市民活動の自立拠点としての運営のモデルをどう産み出すかが問われている。次回は第3回は1月27日と決まった。今晩は第5回公民館講座で「地方財政とまちの憲法」(大和田一紘)である。

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2010年12月 4日 (土)

貧困ビジネスと同伴する江東区福祉事務所

■ところで「貧困ビジネス」という造語の発信源が湯浅誠さん(2009年日比谷派遣村村長)だったと今頃知りました。さて先ずは江東区福祉事務所へ行ったハナシからですが、ナゼかと言うと前に触れた「さくら国立ハウス」(国立市)から狛江に一年ぶりに戻り、アパート入居をしている「こまえ派遣村の村民」Kさんの同室だったDさん(57歳)はもともとは江東区のヒトですが近くの施設に空きがないとのことで「さくら国立ハウス」へ送られ、すでに1年2ヶ月を経た方です。そのDさんを希望する狛江市でのアパート生活を実現するための交渉に出かけたというわけです。

■実は情けないことに、この業界では新人の私とDさん本人だけでは少し迫力不足なので、江東区議のNさんにも事前に連絡し同行を依頼していたのですが、議会中でままならず、我が派遣村の“本店”である「府中派遣村」のベテラン渉外担当Tさんという強力な助っ人を得て、遥か江東区へ乗り込んだというワケでした。足立区や江東区の保護率(生活保護受給者数)が相当高いことは推測できるので、福祉事務所の現場は大変なんだろうなとは思うが、失業中(建設業)でアパートから追い出される直前状態だったDさんはいわゆる「ホームレス」ではなかったにもかかわらず(身辺自立や社会性を促す名目の)施設行きを命じたケースワーカーはワタシラからすれば保護法30条違反のトンデモない奴なのでこちらもしっかり身構えて臨んだのでした。

■西大島駅そばにある総合区民センターの一角にそこだけ特別のエリヤの「生活保護第2課」がある。狛江市役所の福祉窓口のようにカウンター越しに職員達の仕事風景が拡がっているそれとはまったく違いアクリル板のような壁で一切中の様子が見えない空間に長イスが並ぶ待合室があり、少しだけ開いた窓口に要件を告げスピーカーで呼び出されるのを待つという今どき珍しい代官所のような役所だった。実はその日は保護費の支給日であり大勢の方が長イスや立ちんぼで自分の番を待っていた。

■保護課にはどこでも個室(2~3人用)の「面談室」が複数ある。やはり4つ程度の板で仕切られた個室があり、呼ばれるとそこに入り保護費支給を受けていた。ただしさっきの窓口とかで封筒を受け取った方もいたのでその差はナンだろうと不思議に思っていたらDさんがやはりその個室に呼ばれて意味がわかった。中には「宿泊所」の集金係が入っていてケースワーカー立会いで関係する入所者の保護費を天引きするのだった。NHKクローズアップ現代(2008年11月)などで福祉事務所の廊下で待つ強面の兄さんの風景が「援助か搾取か“貧困ビジネス”」として印象的だったがここでは特別室を用意された宿泊所集金係と江東区福祉事務所の姿があった。(さくらハウス=「特定非営利活動法人さくら福祉推進協会」は上得意先ナンだね)

■もっともTさんに聞けば江東区だけのハナシじゃなくて府中だって集金係は来ているそうだから本質的にはそう変わらないのが東京全体の貧困ビジネスとの相互依存関係だろう。肝心なハナシのDさんのアパート転宅の交渉だが、狛江市への「転宅一時金申請」の書面を見せて「受理か却下か書面で回答せよ」とやったので「一度本人と相談したい」など抵抗する姿勢も見せたが「問答無用、いつも命令口調の威圧的な態度のアンタとは本人が話したくないと言っている」と突き放すと「狛江市と相談して、移管を受けてもらえば転居費用は江東区ということになる」との事だった。どうなるか不安だが待つしかない。

■さて、ついでに少し「無料低額宿泊施設」問題を補足する。すでに概要は紹介済みですが、「無料?」なんてとこないよね。だから低額宿泊施設?これもインチキなことは「さくら国立ハウス」の4人部屋で見てきた。「低額」の意味は近隣の不動産価格より安いの意味だがむしろ明らかに高いですよね。同じ4~5万円なら立派な6畳のアパート(ユニットバス付)に入れますよね。福祉事務所が面倒がらずに地域の不動産屋さんを斡旋すれば別だが、住民票、電話もないホームレスの方はアパートに入れない。だから現状では施設は必要だが、あくまで「一時的な宿泊所」でしかないから「第2種!社会福祉事業」なのである。

■ちなみに同様な趣旨で生活保護受給者などのための収容施設の「第一種事業」(すこし長期の受け入れ可能)は公設か社会福祉法人しか経営できない許可施設なのです。それがまったく少ないから「第2種」を頼りにしているという関係なのです。しかも厚労省ガイドラインでも原則個室が前提ですし、例えば問題があった千葉市のガイドラインでは「3ヶ月以内に自立させるよう指導すること」謳われています。

■長くて半年でなければならない「低額宿泊所」へ1年以上も、もっと長期も当たり前な現実を放置しておく保護行政ってナンなんだ?の疑問により深く答えてくれるのは、厚労省の怠慢を鋭く糾弾する日弁連「無料低額宿泊所問題に関する意見書」(2010年6月18日)だった。関心ある方は是非ご一読を。また、施設へ放り込んでおくだけでは税金のムダづかいだけでなく「自立支援」にもつながらないはずなのだが一体保護法の目的である「自立を助長」のするための「自立支援プログラム」との関係はドーなっているんだろうなどのハナシは又。

■明日は派遣村の「こまえ楽市」へのフリマ出店の2回目だ。寒そうだが、当事者たちのガンバリに背中を押されてガンバロウ。

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池上洋通VS辻山幸宣

■昨日の午後は江東区福祉事務所まで出向く。施設入所者の狛江市内アパートへの移管の申請のためだった。「直アパVS貧困ビジネス」の続編ともリンクする興味深いレポートもあるが、それは後廻しにして、夜の公民館講座の感想から・・・。

■全6回の講座で大和田一紘さんと池上洋通さんが2回づつで辻山幸宣さんと石井秀一さんが1回づつ受け持つ連続講座のメインテーマが「住みやすいまちに必要な憲法(自治基本条例)を考える」で、財政学から大和田さん、住民自治論の池上さんが、先ずは自治体改革の基礎に迫り、そして本論の自治基本条例とは何かについてを辻山さんと石井さんが担当するという構成になっている(らしい)。

■2回の池上講座と昨日の辻山幸宣を聞いた。面白かったのはまったく対称的な語り口だったことだった。辻山さんは中央大学での講義終了後大慌てで駆けつけたらしく少しお疲れだった。だからか少しまとまりを欠いた切れ味に?の1時間半だった。と、こんなケチをつけるのは彼に寄せるワタシラの熱い期待があるからだ。なんといっても首都圏のみならず全国の自治体「基本条例」づくりの現場でチョー売れっ子の先生だからだ。(そういえば参加者約40人と多かった)

■川崎市や豊島区、練馬区、新宿区の基本条例審議会の会長役の他、三多摩でも多摩市、小平市、武蔵村山市、武蔵野市など基本条例関連のコーディネーターや講演をこなしている。その「基本条例づくり」の伝道師のナマ辻山を初めて聞いた。かっての“革新多摩”のシンクタンク・多摩住民自治研究所という歴史的役割を担ってきた少し先輩の池上さんが硬派ならワタシラと同じ団塊世代の辻山さんはあくまで柔らかだった。

■池上さんは流行語大賞「良い質問ですね」のソフト池上さんとは対照的に「憲法を知らないのは非国民だ!(笑い)」とヒゲと眼光鋭く受講者を一喝しながら池上ワールドに引き込む。「主権者による権力者に対する命令文書が憲法」であることは「まちの憲法」も同じ。「公務員に対する命令文書」なんだから「市民の義務」なんて書くのはアリエナイと説く。同感。ただし二回目の講義で「地域主権と議会を考える」とあり期待したが相変わらず憲法論に終始し、議会改革に踏み込まなかったのは一体ドーしたことだと不満が残った。あえていうが池上さんにはオルタナティブなき「護憲派の怠慢」の匂いを感じた。

■辻山さんは同じ学年(昭和22年生まれ)だが、ワタシラ全共闘真っ只中だった時「神田カルチェラタン」の中央大生時代をドー過ごしてきたのだろうナンテ関係ないハナシは置いとくが、基本条例づくりファシリテーターの辻山講演はあくまでソフトに「分権改革後の自治体の治め方が基本条例」とし「そもそも住民が樹立した自治体政府(寄り合い)」の再構築にあたって「自治体ガバナンスの主体間関係(「主権者市民」「ともに共同を担う市民」「消費者市民」)」の参加・自治・協働のそれぞれ分野における権利・役割の再確定問題が現在の自治基本条例づくりの論点・課題になってますよね。いずれにせよ、マチをドー治めるかはその地域の市民が決めるのだから自治基本条例を市民が考える(熟議する)ことが大事ですよねとボールを投げる。ワタシ的には「まちづくり条例」「協働規定」も基本条例の範囲とするルーズさ幅広基準の辻山さんへの疑問は依然として解消されなかった。おそらくそこは最終講義の石井秀一という若手の学者が釘を指してくれるものと期待している。

■基本条例でナニが変わりますか?の質問には「基本条例に基づいて下位条例を洗い直し豊富化する作業が(全国的に)まだ見えていない」からそうした質問になるのではないかとの回答だった。講座終了後の立ち話だったけど、狛江の基本条例づくりに託したいテーマはなんていっても「議会」だよね。そこが狛江の民主主義のウイークポイントだよねと意気投合したりした。さてあと2回(10日、17日)の講座もがんばろう。

■江東区福祉事務所と貧困ビジネスの同伴関係についてはあとで書きます。

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