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2010年12月11日 (土)

ニセコ町VS三鷹市

■昨晩の「地方財政とまちの憲法」をテーマとした大和田一紘さんの講座(中央公民館)には約30人が受講した。狛江の公民館とは10年来のお付き合いがあり、彼の財政講座を受けて「財政研究会」ができたり、「市民版・狛江の財政白書」づくりにも貢献してきたお馴染みである大和田さんの「地方財政講座」は全国的な人気を呼んでいる。

■その大和田さんによる「まちの憲法」論に初めて触れた。同じ「多摩住民自治研究所」の池上洋通さんを「硬派」と呼んだが、大和田さんはいつもニコニコ、そして話がわかり易いのは「現場」の実践例を添えるからだとナットクした。さて自治基本条例とはナニかに迫るため彼が用意してくれたのが元祖「ニセコ町まちづくり基本条例」(平成12年)と「三鷹市自治基本条例」(平成17年)の条例対比表だった。

■対比表では「制定背景」「策定までの取り組み」「条例の性質」から、各論の「目的」「議会の役割と責務」「情報公開」「市民の権利」「首長の役割」「住民投票」「財政」「まちづくり・参加・協働」等を区分して分析している。ご存知のように両自治体とも全国的にも地方自治のモデルとして評価の高い自治体である。そもそも導入背景から言っても方や「首長・行政(職員)主導」であり、方や全国を驚かせた400人の基本構想づくりが原動力になった「市民主導」の違いがあるなど、それにしても同じ「自治基本条例」でこんなに表現が違う、バリエーションがあるというのも発見でしたよね。

■ついでにいえば、ワタシ的には同じ地方自治業界の学者でもこんなに視点・評価の違いがあるのか?という発見の驚きでした。と言うことはそもそも「自治基本条例とはナニか」についてもその立ち位置に大きな差異があるということですよね。ただし池上さんも大和田さんも辻山さんもそしてトリを勤める石井さんも地方自治改革に熱い情熱を寄せている学者であることに変わりはないのです。ちなみに松下圭一が造語した「自治体改革」と「自治体学会」から40年?現在の全国規模の地方自治に関係する「学会」の林立状況とナニか関係しているのでしょうかね。つまり百家争鳴状況ということですよね

■その立ち位置の違いですが、当日の講座会場で事前配布された12月17日最終講座の石井秀一さんのレジュメ(そして石井さんの自治体総合政策研究所のサイトから「自治基本条令読本」)を見ればお分かりのように石井さんは「まちづくり条例との混同」を厳しく戒めている。一方、大和田さんは「基本条例・参加条例・まちづくり条例の3つの機能が入っているニセコ条例」を大いに評価している。このことは大きな分岐点のような気がするが如何でしょうかね?

■ついでにですが、石井さんによれば「まちづくり基本条例」とニセコが命名したお陰で「まちづくり条例」との混同が拡がった。しかしニセコ条例は「自治(体)基本条例」そのものなのであり、だから平成22年改正であえて「協働」という言葉を削除したのは「住民主権概念」とバッティングするからであり、「協働によるまちづくり」は住民だけでない事業者、通勤・通学者まで拡がった考え方だからそれは信託条項一覧表としての自治基本条例とは区別されるべきだとの考え方によると見る。

■それでは下位条例としての「まちづくり条例」に委任すべき概念としての「協働」は果たして許容範囲なのであろうか?石井さんはそれもNOだとするだろうか?そこは次回の講座で確かめてみたい。いずれにせよ石井秀一さんという新進気鋭の学者によれば「自治基本条例の伝道師」の辻山幸宣氏が関与したにもかかわらず多摩市(平成16年)も三鷹市(西尾勝が関与)も国分寺市も小平市も「まちづくり条例との混同」のミスを犯していることになるというワクワクするような複雑怪奇なハナシが、「自治基本条例ってナニ」の世界なのですよね。(大和田さんの得意分野である財政規律と基本条例・総合計画のハナシはまたの機会へ)次回12月17日の石井講座(「地域主権・自治基本条例」)はおススメです。

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