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2011年1月

2011年1月30日 (日)

「市民がもがき苦しみ自治体憲法をつくろう」

■1昨日の第1回「まとめの学習会」(池上洋通・講座のふり返り)には17名と、意外に多数がこのようなマニヤックな企画にご参加いただいた。結論から言えば議論するには余りに多すぎる人数である。地方自治講座でも10人以上になるとハナシは拡散したり、議論の輪に加われない人が出てくることは体験ずみである。「嬉しい悲鳴」とはこのことですよね。

■その学習会だが、前にも書いたが「憲法を知らないのは非国民だ(笑い)」といわば日本国憲法原理主義(?)の立場から地方自治論を説く「池上洋通語録」は時に私達フツーの市民を混乱させる。それが「人はもともと全介助」発言であり、その意味を巡ってどう受け止めたら良いか、当日の報告者Hさんの問題提起を受けて、しばらくみんなで頭をひねった。

■それは「公共の福祉論」(憲法第13条「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」)が(自治体現場で良く流布されている)「自助・共助・公助」などの云い方で「基本的人権といっても無限ではない」と国民に我慢を強いる方便になっている。しかし本来「人はもともと全介助だ」(産まれてから死ぬまで一瞬たりとも他者の助けなしに生きられない)と「自助・共助・公助論」を一蹴したくだりだった。

■私もこの発言が気になっていた。今や多くの自治体の「協働」論や「新しい公共」論と同じ脈絡で「自助・共助・・論」は常識のように語られているからである。Hさんによればかっての土光臨調による行政改革のキャッチコピーがそれだったという。確かに小さな政府論や自治体行財政改革論とセットである。しかしだからと言って私たちが再定義しようとする地方政府のかたちは単純に「大きな政府」を描けるのだろうか?そりゃムリだろうと思うから「自助・共助・・論」をナンセンスと言い切れないもどかしさが残ったではなかろうか?

■ところで以前、私は「スリムな市役所と大きな総合行政」と主張したが、地方分権改革の進展は権限・財源移譲による大きな役割(広い守備範囲)を自治体が担うことになることは自明である。ただし、だからこそ、地方政府のかたちは企画・政策・法務・財政など戦略的な分野に資源を重点配分してゆかなければならないことも明らかですよね。(だから現業部門などの民営化は必須なのです)その意味で「協働」論や「自助・共助・・論」なる精神論というか地方政府の責任を曖昧にした改革論はインチキだと言えるのである。これってほとんど池上洋通氏の公務労働優先論と逆の結論かもしれないですね。

■昨年12月4日のブログでも池上講座への疑問を「護憲派の怠慢?」と生意気にも書き、学習会当日も「各論の議会改革論を聞けなかったのは残念」と一言いいましたが、池上氏の憲法論はそれとして大いに学ぶ価値がありました。しかしワタシ的には現在ダイナミックに進行中である地方分権改革の流れにどう切り結んでゆくのかのリアリズムに欠ける地方自治論は何か空しく感じられたというのが正直な感想でした。もっと云えば、これも生意気なようですが池上・地方自治論には「市民自治の憲法理論」(松下圭一)の「自治体の発見」「二重信託論」のような切れ味が感じられないのでした。

■池上語録の波紋をもう1つ。憲法の立憲主義に関連して、「民主主義国家における憲法とは、何よりも権力を担当する者たちに対して主権者が発する『命令文書』なのです」「だから自治体の憲法と云われる自治基本条例に『市民の義務』など書いたらダメ」との言い方はとても印象的でした。私もまったくそのとおりだと思いました。ところが参加者から「でも憲法にも『国民の義務』(第3章 国民の権利と義務)が書いてあるけどドーなのよ」とツッコミが入り、これまた皆で考え込んでしまいました。例えば「納税義務」ですが納税の権利でもあったりするワケで権利と義務の解釈は難しいですね。

■憲法の全体構成や「立憲主義」の正確な定義を云えるわけではありませんが、ワタシ的には「憲法制定権力としての国民主権」という考え方、「主権者」は誰かというスジのハナシだと考えたいと思います。「自治基本条例」(自治体憲章)を制定する主語は「市民」であり、その市民の権利や自治体の運営ルールをつくり地方政府を設置し信託する「自治体運営条例」は「権利章典」「組織手続き法典」であり、市民への啓蒙的・訓示的な内容や政策に関する内容は極力避けるべきだという意味で池上語録は捉えられると思います。

■こんなアレコレのフォローアップ学習会はまだ続きます。地方自治を学ぶ、自治基本条例を考える道程は「市民の成熟度」如何ですね。世代や立ち位置のまったく違う市民同士が集い、互いの違いを確認し、共通の課題に格闘する。この市民自身が「苦しんでつくるのが自治基本条例なのよね」とのIさんの言葉がこの日の集約でした。

■これも産みの苦しみのような「狛江市市民活動センター開設準備委員会」の第3回も1月27日に開催され、終了後、委員長の「安藤雄太」(元東京ボランティアセンター)と思い切り飲み、喧々諤々やったハナシも書きたかったが、記憶が飛んでしまったのでやめます。明日(31日)は生活支援課VS「こまえ派遣村」の「協議」を予定しています。ナゼ「生活保護の現場は無法地帯」なのか、ケースワーカーの職員との本音のバトルができればと考えています。

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2011年1月26日 (水)

公民館「まとめの学習会」ご案内

■ブログもそろそろ始動します。
昨年末、自治基本条例へアプローチした公民館「地方自治連続講座」のフォローアップ学習会が企画されました。池上・大和田・辻山・石井各講座をふり返り、バトルトークをやって記録を残しておこうという受講者グループによる自主開催ですが、飛び入り大歓迎です。

―「まとめの学習会」日程表―

第1回 1月28日(金)午後7時~9時 中央公民館 第二会議室
「池上洋通・講座のまとめ」(報告者:日向、進行:久慈、記録:平井)

第2回 2月4日(金)午後7時~9時 中央公民館 料理実習室
「大和田一紘・講座のまとめ」(報告者:池座、進行:小尾、記録:青木)

第3回 2月18日(金)午後7時~9時 中央公民館 料理実習室 
「辻山幸宣・講座のまとめ」(報告者:市原、進行:内山、記録:小野)

第4回 2月25日(金)午後7時~9時 中央公民館 料理実習室
「石井秀一・講座のまとめ」(報告者:小野、進行:清水、記録:絹山)
(なお、報告者、進行役、記録係の各担当はあくまで予定です)

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■ところで今朝の朝日新聞が狛江の航空計器跡地・巨大マンション問題で「ダイオキシン汚染」を伝えています。明日27日(木)夜はその問題でまちづくり条例による第2回「調整会」(エコルマホール)が開催されますが、ワタシ的には「市民活動センター開設準備委員会」と重なってしまい残念ながら参加できません。


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2011年1月 1日 (土)

謹賀新年

■昨年の年賀状で『待望の政権交代で政治文化は確実に変化しつつあります。明治以来の「官治集権政治」(松下圭一)の解体であり、「日本人が市民になった」(浜矩子)瞬間ですよね。』と高く評価しましたが、なかなかスッキリ行かない民主党政権の歩みにイライラが募りますね。だけど「任せる政治から引き受ける政治」(宮台真司)を選択したのは私達ですから少し辛抱も必要ですよね。

■「すべり台社会」(湯浅誠)「無縁社会」(NHK)「孤族の国」(朝日新聞)は今、私たちの生活の場である地域社会を確実に侵食しつつあります。だから「こまえ派遣村」を仲間とスタートさせ、現在8人の当事者達(年末の28日の生活保護申請で一人加わりました)と生活自立のための活動を進めています。コミュニティの再生を夢見て。

■その活動を通じてわかったことは(恥ずかしながら議員時代には不明でした)最後のセーフティネット=「生活保護」(行政)の破綻状況です。「陸の孤島」(密室)の保護行政を開けてみたら、「水際作戦」の横行、そして貧困ビジネス(ピンハネ宿泊所)との一体化など、そこは「無法地帯」でした。

■だから「地方政府」の仕事や運営の仕組みを住民がコントロールする「自治基本条例づくり」運動にも力が入ります。NPO法人ハンディキャブこまえ事務局長として狛江市「市民活動センター」開設準備委員会の委員として役所の下請けでないNPO活動の自立拠点づくりにも汗をかきます。インチキNGO・ピースボートに対する損害賠償裁判も2年目に突入です。

皆様の今年のご健勝を祈念致します。

〒201-0005 狛江市岩戸南4-27-8 清水信之
 携帯090-5815-5761 (こまえ地方自治講座・主宰)
 プログ『トホホ日記』で地方自治を耕します 
 http://shimi-nobu.cocolog-nifty.com/blog/

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