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2011年7月

2011年7月24日 (日)

「小さな(スリムな)市役所と大きな(総合)政府」

■7月22日(金)の第7回自治基本条例研究会は10名の参加で、「神原私案:第6章行政組織と職員政策」との狛江市比較を行ないました。前回に続き、助言者として石井秀一先生に加わっていただきました。報告者Iさんは、事前に市役所職員にヒアリングし、課題を抽出していただきました。Iさんが主に比較対象の俎上としたのは、「狛江市庁議規定」や「狛江市プロジェクトチーム設置規定」や「第4次行財政改革大綱(推進計画)」「職員定数適正化計画」等でした。

■前回の「自治体法務」も市民からは奥の院で見えにくいハナシでしたが、「行政組織」や「職員(人事)政策」も、まさに市役所内部の制度なので市民からは扱いにくいテーマかもしれません。加えて、あとでの振り返りで恐縮ですが、その項の神原私案は後述する「市民委員会」規定を除いては今一歩、具体的なイメージが見えて来ないのです。なぜかなと思って、当日の「石井資料②」をヒントに考えたのですが、神原私案の「行政組織の編成(21条)」には、これからの地方政府、地方自治体の行政体(組織)をどのように構想するのかというアクティブな改革論(理念)が示されていないからではないかという結論に達しました。(「簡素で効率的かつ透明性の高い組織を編成する」だけでは自治法の条文と同じであり、何にも云ったことにならない!?)

■その部分に関して「石井資料②」は「総合行政(の時代)」を取り上げ、総合行政化の事例として、「教育委員会」の必置規定を解除し、自治体による選択制(廃止)の課題(第28次地方制度調査会)や、その具体化としての「平成19年の地教行法改正」(学校教育以外の文化、スポーツ分野の事務を市長部局へ移管できる)も紹介しました。(狛江市も組織改正で文化施設―エコルマホール、民家園や、生涯学習―学び講座を市民部地域活性課に移管済み)つまり、清水が云いたいのは、行政組織改革のメインエンジンは「総合行政化」にあり、という考え方です。

■ちなみに、Iさんが報告の中で取り上げた「協創」(参加・協働の進化型?)を意味不明ながら目玉?とした第4次狛江市行財政改革大綱のもう1つの行革論の中心は「行政経営システムの構築(NPM導入)」だと考えられます。(先輩格で有名なのが、三鷹市の「自治体経営」であり、同市自治基本条例にも謳われている)その狛江市での実際はともかく、「自治体経営」を中心理念とした行政改革論もトレンドだが、むしろ地方分権改革の観点から見れば、民間経営手法の導入は1つのツールに過ぎないとワタシ的には考えます。

■分権改革で基礎自治体(市町村)に権限・財源を渡せと国に迫るなら、受け皿を整える覚悟が必要ですよねと云う事です。そのキーワードが、国のタテ割り行政(のひも付き補助金)にぶら下がるのでない「総合行政主体」としての地方政府の自立化であり、分権改革の要請はそこにあると考えたのです。

■手前みそになりますが、実は4年前の清水の選挙公約や、狛江市改革のメインのコピーは「小さな(スリムな)市役所と大きな(総合)政府」でした。(ちなみに同時期に「提案型公共サービス民営化制度」で有名な福嶋浩彦(前)我孫子市長は「大きな公共と小さな政府」と言っていました)その目指す市役所のかたちは「教育委員会廃止」「公民館廃止」「農業委員会廃止」「外郭団体への天下り廃止」「指名競争入札廃止」「保育園民営化」等であり、一方、「教員の人事権」「建築確認事務」「介護施設・事業者の認可事務」「NPO認可事務」「パスポート発給事務」等、都からの事務移管により、守備範囲の広い行政を実現するというものでした。

■第4次狛江市行革大綱の上位計画である基本構想・基本計画にも「地域総合行政化」の記載はあり、「サービスや事業を部局を超えて提供すること」と注釈していますが、ワタシが考える「総合行政化」は市長部局への統合や二重行政廃止、事務権限委譲という大きな改革論であり、「地方政府としての自立」と同義語ですから、すこし狭い解釈ですね。

■22日の研究会当日のレポートと言う意味では遠く離れましたが、こうした「総合行政主体」への自立という理念のもとに行政組織論は語られるべきではないかと考えたので、あえて恥ずかしながら清水の過去の政策まで持ち出したというワケでした。

■ですから、ワタシ的には不満の残る神原私案(第6章)でしたが、当日のかなりの時間を割いて議論したのが「市民委員会等」(第23条)でした。行政組織(改革)には淡白なのに、わざわざオリジナルな審議機関である「市民委員会」の設置に多くの字数を割いている神原私案の意図はナニか?にワタシだけでない参加者の興味がありました。石井先生が前回研究会で言ったように、行政追認型の諮問機関である「審議会」を否定し、市民自身の手に運営権限を与えて、政策立案過程の合意形成への最大限の関与(市民自身による討議要綱)を担保させようという意図から、行政組織と職員政策の章に入れたのでしょうということに落ち着いたのでした。(その上で「市民委員会の設置と運営に関する条例」の制定も定めるとしている)

■これって、7月22日ブログの「住民参加の梯子」でいえば、最上位の「市民によるコントロール権」に近いことになるワケで、市民参加の方法としても「審議会への市民公募」で良しという時代は去りつつあることになりますよね。さらに当日の会場での再発見ですが、市民委員会の「市民」とは「住民」(神原私案の市民の定義)ですから、もし市外の学職・有識者や通勤・通学者を参加させる場合は「アドバイザー」とかの条件付になりますよね(主導権は住民)というダメ押しの議論も追加されたのでした。その他、報告者Iさんからはもっと地道なハナシとして、職員と市民が協力して政策づくりが可能な行政組織論が提起されたり、元自治体職員OBの石井先生のかなり過激な職員政策(定数・給与・人事管理)なども提起されましたが、ワタシ的なブログレポートを優先して書いてみました。詳しい実際の会議録は別途作成しますのであしからずご容赦下さい。

■自治基本条例研究会の日程のお知らせです。
少し先になりますが、いよいよ議会条項に入ります。狛江の議会改革が大いに語られるはずです。これこそ本丸だと思いますので、初参加の方もOK、傍聴もOKですので是非ご来場下さい。(8月19日を追加しています)

★第8回研究会 8月12日(金)午後6時半~第2会議室
 「議会と議員活動の原則」
★第9回研究会 8月19日(金)午後6時半~第3会議室
 「コンプライアンス」「市民等の責務」「最高規範性」
★第10回研究会 8月26日(金)午後6時半~講座室
 「狛江市参加協働条例改正案を考える」

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2011年7月22日 (金)

アーンスタインの「住民参加の梯子」

■7月19日(火)の「第3回条例改正分科会」(狛江市市民参加協働審議会)の傍聴にはメール等で呼びかけた結果、私の他に3名の方が駆けつけてくれた。しかし、審議内容は、「職員アンケート」や、「市民フォーラム」(9月)のかたちや手続き論に費やされ、肝心な条例改正の中身の議論が見えてきたのは後半の1時間弱ということもあって、肩すかしだったかもしれない。残念ながら途中で退席された傍聴参加の方のためにも、感想をメモしておきたい。

■かすかに見え隠れする「条例改正」の中身だが、「新しいワインには新しい皮袋」(7月9日ブログ)で触れたように、そもそも当該審議会(改正分科会)の土俵では自治基本条例へ橋渡しするような(展望するような)議論に踏まえた条例改正提案はムリかもしれないと思う今日この頃ですが、しかし、それにしても「参加・協働」の7年を振り返り、今後どのような狛江モデルの参加・協働スタイルを描こうとしているのか?ナニが変わるのかが市民に見えなければ、参加の形式手続きは踏んでも密室改定にしかならないですよね。

■早いハナシが、松崎委員がいう「大きく変わったと思われるような」「目玉」はナンなんですかね?ということですが、少なくとも事務局がまとめた現行規定の見直し8項目(6月14日ブログ)「①満20歳未満の青少年の市民参加の具体的手法、②市民参加手続き提案制度は実績がないので要検討、③審議会等の選考方法で無作為抽出制度の制度化、④パブリックコメントの意見提出期間の延長、⑤市民活動支援センター設置を条例に加える、⑥市民協働事業提案制度の提案件数伸び悩みの検討、⑦市民公益活動団体登録制の検討、⑧推進指針Ⅲの4週間以内の「会議録のひろば」への公表の遅延状況の問題」では、微調整の範囲であり、すでに実施しているものの制度化や見直しに過ぎないからか、ほとんど興味が湧かない。

■なぜか?ワタシラ審議会参加などでの苛立ち・屈辱感(参加制度への不信)を体験したものにとっての改革論ではないからである。審議会委員の皆さんは優れた識見をお持ちだとは思うが、基本計画市民委員だった松崎委員や土岐委員(NPO協)のように現場の空気をわかっている方は少数派なのではないかと感じている。その松崎委員等の提案には説得力あるものがある。それが「金銭徴収事項」を参加対象に拡大することや、「政策提案制度」や「参加手続きの事前評価制度」や「参加実施予定公表制度の充実」である。

■ソレッテ、確かに「参加メニュー」の追加や「参加ツール」の充実であり、数歩の前進に違いない。でも何か食い足りないと思うのは、先述の「狛江モデル」が見えず、他市との比較等による場当たり的なアイデア(失礼)にしか思えない。そんな時「職員研修・増刊号・クイズで地方自治」の市民参加の項で「アースタインの『市民参加の梯子』」を発見した。そのギョウカイではごくジョーシキの理論らしいが、恥ずかしながら初めてでした。

■その梯子は8項目であり、「①操り、②慰め、③お知らせ、④意見聴取、⑤懐柔、⑥パートナーシップ、⑦委任されたパワー、⑧住民によるコントロール」その①と②は「参加不在」、③④⑤は「形式だけの参加」⑥⑦⑧は「市民の権利としての参加」とある。「狛江モデル」はどこまで梯子を上ろうとしているのか?今度の改正(改革)はどこまでを目指すのか?こんな迫り方(尺度)があれば、もう少し条例改正の意味もわかり易くなるのではないでしょうか?テナことを思いついたのでメモしておきます。(ついでに、どうすれば⑧段階へ上り詰めることができるのかもみんなで考えましょう)

■一方、松崎提案とは別の「石田委員提案―参加条例に議会条項加える」について、この日、かなりの時間を割いて松崎委員と飯田委員の否定的な見解が表明された。ちなみに平委員は文書で石田提案に賛成としている。この議論は実に学習材料としては興味深いものがあった。事実この石田提案はかなりの爆弾提案かもしれない。「参加・協働条例」の枠組みの変更を迫るからである。もちろんワタシ的には大賛成だが、「市民参加とは行政活動への参加である」という定義の変更にとどまらない「議会への市民参加」とはナニかについて確定しなければならないからである。(議会の根回しの問題ではなく、法制としての整合である)

■あとで議事録から正確に拾いたいと思うが、特に印象に残った飯田委員(座長)の言葉は「議会に市民参加はない(ありえない?)」であった。「自治法上の『公聴会、参考人制度』は市民参加ではない」とも発言されていた。確かに自治法上に「市民参加」の言葉はないらしい。もともと情報公開も市民参加も自治法にないから自治体が創った言葉(条例)である。今どき議会への市民参加を否定なさるのですかと終了後聞いたつもりだが、時間がなくお考えは良くわからなかった。もしかしたら松崎委員が主張されたように、「議会基本条例」のように狛江市議会が「市民参加」について受け入れることが可能な受け皿(制度改革)が出来ていないという意味で「議会に市民参加はない」とおっしゃったのかもしれない。(了)

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2011年7月18日 (月)

「政策法務不在の狛江市」

■前述の神原私案「総合計画等」ではその策定にあたって8項目(市民委員会設置や計画期間等)にわたる要件を課していましたが、「財政運営」の項では「財政情報作成公表」「財政健全化計画策定」が明示されています。その財政情報の公表では「連結決算と財務諸表の作成」が前提とされ、「分かりやすい予算書、決算書」としては特に「政策説明個票」(「政策の目的、実施機関、市民参加の内容、他自治体の類似政策の検討、総合計画との関係、財源の構成、維持管理及び事業採算の予測等の事項を記載する」)の公開を義務付けしていることが特徴のようです。

■これに対して、Kさんから、狛江市には「『財政事情』の作成及び公表に関する条例」があるが自治法で定められている年2回の公表を条例化したものであり、また「狛江市予算事務規則」も「最小の経費で最大の効果」や「厳正な収入の確保」等(当然のこと)を謳ったものであり、神原私案にあるような当該自治体としての財政運営の基本原則を定めた条例等は見つからないとし、神原私案の「政策説明個票」には特に注目したいですね、と報告がありました。

■「政策説明個票」とはどのようなものでしょうね?狛江市にも「事務事業カルテ」などあるが、事務事業評価のためという目的は違うけど類似のツールですよねなどの意見交換があり、政策個票に記載する8項目って「ニセコ町基本条例」の計画策定にあたっての情報提供原則6項目とほぼ同じ内容であることも確認しました。

■なお、財政運営のルールに関しては「多治見市財政条例」が有名ですが、もはや、国・総務省の「財政破綻法制」などの財政基準に振り廻されたりするのでなく、自治体の独自基準により、財政規律をコントロールする時代だということですよね。狛江市でも中長期の財政計画策定などが(自治基本条例の中身としても)求められているということになりますよねと私の方から述べました。

■次の課題は「法務体制」です。神原私案は「市は、自主的で質の高い政策を実行するため、次に掲げる法務に関する行政の体制を充実しなければならない」として「①条例、規則の制定等の自治立法を積極的に行うこと(立法法務)②日本国憲法、法令等を自主的に解釈し、運用すること(運用法務)③提訴、応訴等訴訟に的確に対応すること(訴訟法務)④国に法令等の制定改廃を提言すること(改革法務)⑤法に関する情報及び技術の提供の観点から市民の立法活動を支援すること(支援法務)」を提示しています。

■さて皆様、今日の「自治体法務(行政)」とは、この5つの分類に整理され「政策法務」と呼ばれているっていうことをご存知でしたでしょうか?まさに分権時代の地方政府として標準装備されなければならない能力ということなのでしょうが、残念ながら狛江市の職員や議員を含めてこの政策法務の意味を理解している方とほとんど出合ったことがありません。ましてや一般市民にとっては元々「法務」なる領域は奥の院のハナシですから、そう云うワケで研究会参加者も含めて、初めて「政策法務」との出会いの方も少なくありませんでした。(ちなみに「政策法務と何か」についてはネットで検索していただければ様々な論考が見えます)

■それを裏付けるように、Kさんの調査によれば狛江市例規集に「法務」をタイトルとした条例等はなく、唯一「狛江市組織規則」の政策室・企画法制担当の分掌事務の中に、「13、政策に関する法的調査及び研究に関すること」とある程度だということであり、「こうして見ると、神原私案の言う「法務体制」は狛江市にはないと言える」と断言しました。(ちなみに前期基本計画の34P「組織体制の確立と人材育成」では「職員の政策法務能力や企画立案能力の向上」と人材育成に関って触れられています。~参考までにこれは策定時の委員だった清水の文案です~)

■さらにKさんは「例えば」として「航空計器跡地巨大マンション問題」での住民側の都市計画変更要求(高さ制限)をめぐる業者側の損賠訴訟対策との関係や、「旧第4小学校跡地問題」の「都市計画上、教育施設にしか活用できないか否か」の約10年の迷走などは「法務体制」が整っていれば無駄な議論を繰り返さずとも良かったのではないかと述べました。(現に、2000年地方分権一括法以来、対等の政府間関係となったと言われる現在でも、法制度解釈を日常的に、国や東京都に「お伺いする」実態が狛江市の風土ではないですかと、元自治体職員のKさんがリアルな内輪話もされていました)これには参加者もナットクの様子でした。

■ところで、法務能力が問われているのは議会も同じ、と言うか議会こそ「立法法務」担当者を議会事務局に置かなければなりませんよねとの石井先生の発言。これに続けて、Yさんからは「そもそも、(二元代表制と言いながら)立法府である議会の職員人事権が市長にあるってオカシイですよね(など行政府の支配下にある地方議会)」と言う根源的な問題提起が出ると、他の方からは、そう云えばそもそも教育委員会の独立性ってナンなのよ、などハナシが拡散するので、進行係としては少し軌道修正を図り、イズレニセヨ「政策法務の不在」が狛江市の課題解決や政策開発能力の障害となっていることには間違いないですよねとその場を収めたのでした。

■ってユーカ。国で云えば国家戦略の「総合計画」の制度設計も、右肩下がり(縮小)時代の財政運営のルール化も、PDCAサイクルと云われる自治体経営のための政策評価制度も、自治体政府の根幹の制度であり、これらを積極的に立法化(条例提案)し、市民の代表機関である議会の議決を得ることは、説明責任を果すことでもあり、これらの制度の正統性も確保されますよね。市民による市政への信託範囲は、条例に基づかない行政活動を許容しないはずでもあり、条例化が一向に進んでない狛江市の政策法務の不在こそが大いなる問題だと云わなければならないのですよね。ウーム、石井先生、ナニか言葉の使い方を含めて間違っていたら是非ご指摘下さい。お願いします。(政策評価の項は省略します)

■自治基本条例研究会の日程のお知らせです。(8月19日を追加)
★第7回研究会 7月22日(金)午後6時半~第2会議室
 「行政組織と職員政策」
★第8回研究会 8月12日(金)午後6時半~第2会議室
 「議会と議員活動の原則」
★第9回研究会 8月19日(金)午後6時半~第3会議室
 「コンプライアンス」「市民等の責務」「最高規範性」
★第10回研究会 8月26日(金)午後6時半~講座室
 「狛江市参加協働条例改正案を考える」

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2011年7月16日 (土)

最上位計画・市の将来像「総合計画策定」の設計図がない!

■昨晩の自治基本条例研究会(第6回)は12名の参加で開催され、助言者として石井秀一先生にも加わっていただきました。神原私案「第5章 行政の政策活動の原則」には「総合計画」「財政運営」「法務体制」「政策評価」があり、それぞれの神原モデルに対して、これらが狛江市でどのように制度化されているか、どのようなレベルにあるかという検証を報告者のKさんが行い、それを補強する解説やコメントが石井先生から行われました。

■まず「総合計画」です。ワタシ的に最大の関心事は、過去にも学習した「栗山町議会基本条例」(平成18年)や「多治見市市政基本条例」(平成18年)から始まった「基本計画の議会の議決事項化」だと思います。なぜなら絵に描いたモチ・お飾りでない総合計画とするには実行計画である基本計画レベルの議会議決の正統性が必要だからです。当時は全国の自治体関係者をアッと云わせた改革でした。

■ところで、石井先生とのやりとりでも明らかのように、すでに本年5月2日に成立公布された自治法改正で「市町村基本構想の策定義務」が「予算・決算の報告義務」などと同時に廃止されています。つまり主従上下関係の清算ですよね。

■と云うことはですね。当該自治体政策の集大成である「総合計画」(基本構想・基本計画)をドー扱うかは市町村に任されたということであり、まさか計画行政を放り投げることはありえないとすればその制度化をローカルルールである条例等に明記しなければなりません。そこから自治基本条例の策定要請が起きてくるし、場合によっては例えば奈良市のように「総合計画条例」として単独条例の手法もある、ということになります。

■そうでなければ、以前、公民館講座で石井先生がおっしゃっていたように「法の欠缺(けんけつ)」欠落状態、つまり無法地帯になってしまうということですよね。(これは後に述べる「政策法務不在の狛江市」と関係します)

■それはそうと、報告者Kさんの関心は、神原私案の「計画策定市民委員会」の設置による「計画策定の過程を総合的に管理、運営すること」にあり、これは画期的であり、ここが作成する「討議要綱に基づいて、市民参加、職員参加、及び議員参加を実施する」のであれば、今般の狛江における参加市民の不満もなくなるだろうと大いに評価しました。

■ただし「市民を委員とする計画策定市民委員会」が主導するとなると、市長派・反市長派の市民同士の調整が難しいのでないかとの意見に対して(特に市長選挙後のマニフェストを基本計画に反映する過程では)、石井先生からは論理的科学的な討議が可能な「市民の品格」が問われることであり、そこを乗り越えてこその市民自治だと背中を押す発言がありました。

■さらに、計画策定「市民委員会」とはどのような組織なのだろうか?はたまた、その市民委員会が「作成する」「討議要綱」とはナニかですが、これも石井先生から、「市民委員会方式とは従来の行政追認型「審議会」への否定から出てきた(より上位の)市民参加の形であり、「コンセンサス会議」(デンマーク)に近いものであること、「討議要綱」とは、その計画策定の方法や手順、課題や論点を示すものであり、だからこそ「総合的に管理、運営する」ことになるのだとナットクした次第です。

■いずれにしても、Kさんも指摘するように、狛江市においては「総合計画」策定に関するルール(規定)は「審議会設置条例」以外に一切開示されてなく、ルールが不在であることは大いなる問題であることが確認されました。

■次は「財政運営」ですが、あまりの暑さによるビールの誘惑には勝てず、今日はここまでとします。

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2011年7月 9日 (土)

「新しいワインは新しい皮袋に入れよ」

■7月9日(土)の朝日新聞4面で例の「復興相の放言」をコラム「政治考」で編集委員の星浩さんが「上から目線 地域主権と逆行」と取り上げ、民主党マニフェストの「地域主権」や地方自治法改正(分権改革)が、片山義博総務相の旗振りにもかかわらず進まないのはなぜかと分析し、結局「国会議員とりわけ与党議員にとっては、地方分権より中央集権の方が心地よい」し「選挙にも好都合」からだとその謎を解いてみせた。

■その程度のことで「謎が溶けた」とする「星浩コラム」にも少しがっかりだが、見過ごせないのは、この間の地方自治法改正の歩みを理解できていないことである。自治体議会の定数(例えば10万人以下は30名の上限)の自由化がすでに「2010年改正」としてこの5月2日に成立公布済みなのに、まだ今後の課題かの様に勘違いをしているのである。

■もとより、星コラムが言うように「条例制定の直接請求権から地方税等賦課徴収の除外規定」の撤廃を含めた地方自治法「2011年改正」分の上程の行方が定まっていないことに危惧を抱くのはワタシラも同じだし、「上から目線」の国会議員達の及び腰の地方分権改革を、口をアングリ開けて待っていれば良いのでなく、まさに地方から戦い取らなければならないものなのだということをあらためて認識する機会となった「復興相の放言」だったと考えたい。

■ところで、昨晩(8日)の第5回自治基本条例研究会には12名が参加しました。前半は「神原私案(札幌市)との比較」の「第4章 多様な主体との協力」であり、報告者のWさんが狛江市の広域行政の現状(例えば多摩川衛生組合等一部事務組合など)や、狛江市基本計画の第2章「3自治体としての自立と広域連携」の項を紹介して、「小規模自治体」としての生き残り戦略?のアレコレをみんなで考えたひと時でした。

■一方、神原私案の「多様な主体との協力」は、他の自治体や国との関係、そして国際社会との関係(外交)、つまり自治体(地方)政府としての政府間関係をどう取り結ぶかの基本的あり方を明示した条項と云えます。従って「広域行政」をどう進めるか、ひいては市町村合併や「道州制」に如何なる態度を取るかという政策判断(例えば「合併しない宣言」)の領域とは少しステージが異なるような気がします。

■ただし、その基本計画「自治体としての自立と広域連携」の施策目標の目玉が「自治体運営の基本ルールの検討」(自治基本条例)でもあるわけですが、自治基本条例によって狛江市という自治体政府の設置及び「解散」をルール化することは原理的にありうることですよね。(その際のツールとして「市民投票」の制度化が重要になりますね)日本では自明のように市町村の区域設定がありますが、アメリカでは国土の8割は市町村(基礎的自治体)の空白地域だと云いますから。テナことを翌日になって考えた次第です。

■昨晩の自治研(自治基本条例研究会)の後半戦は、再々度「市民参加基本条例改正論議」の資料提供でして、審議委員の「松崎資料」をなぞり、今後の改正議論の行方を占いました。この件は、すでに前回ブログでお示ししているので省略しますが、2年前からの「参加協働審議会」公募委員の松崎さん、そして飯田さんというコンビが熱心に資料作りや議論をリードされている様子に皆さん感心されていました。次回の「改正分科会」(7月19日)は傍聴しましょうねと呼びかけました。

■ただし、私が基本構想審議会(武藤会長)の委員として、武藤・山岡法大教授コンビに対して、「参加と協働で自治のまちはやって来ない」(2009年4月23日ブログ)と自治基本条例制定を課題にすべきと食い下がったとき、「市長の諮問の範囲を超えている」「首長や議会の政治判断の領域」として、(市民参加協働条例策定に自ら関与した自負もあり?)「マイナーチェンジ」の行政主導型審議会運営の協力者として立ち塞がったように、そもそも「市民参加協働条例の進行管理・評価機関」である当該審議会(山岡会長)に、それをある意味で自己否定(止揚)する「自治基本条例」策定論議の道筋をつけることを望むのは土台無理なハナシなのかもしれないですよねと告白したのでした。「新しいワインには新しい皮袋」(新訳聖書)のタイトルの意味がわかっていただけたでしょうか?

■次回自治基本条例研究会は「総合計画」「財政運営」「法務体制」「政策評価」などボリュームたっぷりの「第5章 行政の政策活動の原則」には入ります。ここからは石井秀一先生を助言者としてお招きします。いつもより開始時刻を30分早めます。飛び入り、傍聴大歓迎です。

★第6回 7月15日午後6時半~ 
中央公民館第1会議室(総合計画等)
★第7回 7月22日午後6時半~ 
中央公民館第2会議室(行政組織と職員政策)

★第8回 予定 8月12日(議会条項) 
★第9回 予定 8月26日(コンプライアンス)

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