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2011年7月22日 (金)

アーンスタインの「住民参加の梯子」

■7月19日(火)の「第3回条例改正分科会」(狛江市市民参加協働審議会)の傍聴にはメール等で呼びかけた結果、私の他に3名の方が駆けつけてくれた。しかし、審議内容は、「職員アンケート」や、「市民フォーラム」(9月)のかたちや手続き論に費やされ、肝心な条例改正の中身の議論が見えてきたのは後半の1時間弱ということもあって、肩すかしだったかもしれない。残念ながら途中で退席された傍聴参加の方のためにも、感想をメモしておきたい。

■かすかに見え隠れする「条例改正」の中身だが、「新しいワインには新しい皮袋」(7月9日ブログ)で触れたように、そもそも当該審議会(改正分科会)の土俵では自治基本条例へ橋渡しするような(展望するような)議論に踏まえた条例改正提案はムリかもしれないと思う今日この頃ですが、しかし、それにしても「参加・協働」の7年を振り返り、今後どのような狛江モデルの参加・協働スタイルを描こうとしているのか?ナニが変わるのかが市民に見えなければ、参加の形式手続きは踏んでも密室改定にしかならないですよね。

■早いハナシが、松崎委員がいう「大きく変わったと思われるような」「目玉」はナンなんですかね?ということですが、少なくとも事務局がまとめた現行規定の見直し8項目(6月14日ブログ)「①満20歳未満の青少年の市民参加の具体的手法、②市民参加手続き提案制度は実績がないので要検討、③審議会等の選考方法で無作為抽出制度の制度化、④パブリックコメントの意見提出期間の延長、⑤市民活動支援センター設置を条例に加える、⑥市民協働事業提案制度の提案件数伸び悩みの検討、⑦市民公益活動団体登録制の検討、⑧推進指針Ⅲの4週間以内の「会議録のひろば」への公表の遅延状況の問題」では、微調整の範囲であり、すでに実施しているものの制度化や見直しに過ぎないからか、ほとんど興味が湧かない。

■なぜか?ワタシラ審議会参加などでの苛立ち・屈辱感(参加制度への不信)を体験したものにとっての改革論ではないからである。審議会委員の皆さんは優れた識見をお持ちだとは思うが、基本計画市民委員だった松崎委員や土岐委員(NPO協)のように現場の空気をわかっている方は少数派なのではないかと感じている。その松崎委員等の提案には説得力あるものがある。それが「金銭徴収事項」を参加対象に拡大することや、「政策提案制度」や「参加手続きの事前評価制度」や「参加実施予定公表制度の充実」である。

■ソレッテ、確かに「参加メニュー」の追加や「参加ツール」の充実であり、数歩の前進に違いない。でも何か食い足りないと思うのは、先述の「狛江モデル」が見えず、他市との比較等による場当たり的なアイデア(失礼)にしか思えない。そんな時「職員研修・増刊号・クイズで地方自治」の市民参加の項で「アースタインの『市民参加の梯子』」を発見した。そのギョウカイではごくジョーシキの理論らしいが、恥ずかしながら初めてでした。

■その梯子は8項目であり、「①操り、②慰め、③お知らせ、④意見聴取、⑤懐柔、⑥パートナーシップ、⑦委任されたパワー、⑧住民によるコントロール」その①と②は「参加不在」、③④⑤は「形式だけの参加」⑥⑦⑧は「市民の権利としての参加」とある。「狛江モデル」はどこまで梯子を上ろうとしているのか?今度の改正(改革)はどこまでを目指すのか?こんな迫り方(尺度)があれば、もう少し条例改正の意味もわかり易くなるのではないでしょうか?テナことを思いついたのでメモしておきます。(ついでに、どうすれば⑧段階へ上り詰めることができるのかもみんなで考えましょう)

■一方、松崎提案とは別の「石田委員提案―参加条例に議会条項加える」について、この日、かなりの時間を割いて松崎委員と飯田委員の否定的な見解が表明された。ちなみに平委員は文書で石田提案に賛成としている。この議論は実に学習材料としては興味深いものがあった。事実この石田提案はかなりの爆弾提案かもしれない。「参加・協働条例」の枠組みの変更を迫るからである。もちろんワタシ的には大賛成だが、「市民参加とは行政活動への参加である」という定義の変更にとどまらない「議会への市民参加」とはナニかについて確定しなければならないからである。(議会の根回しの問題ではなく、法制としての整合である)

■あとで議事録から正確に拾いたいと思うが、特に印象に残った飯田委員(座長)の言葉は「議会に市民参加はない(ありえない?)」であった。「自治法上の『公聴会、参考人制度』は市民参加ではない」とも発言されていた。確かに自治法上に「市民参加」の言葉はないらしい。もともと情報公開も市民参加も自治法にないから自治体が創った言葉(条例)である。今どき議会への市民参加を否定なさるのですかと終了後聞いたつもりだが、時間がなくお考えは良くわからなかった。もしかしたら松崎委員が主張されたように、「議会基本条例」のように狛江市議会が「市民参加」について受け入れることが可能な受け皿(制度改革)が出来ていないという意味で「議会に市民参加はない」とおっしゃったのかもしれない。(了)

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