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2011年9月

2011年9月21日 (水)

漂流する市民活動支援センター

■昨日(9月20日)は午後、ピースボート裁判で地裁に出かけ、夜は「第7回狛江市市民活動支援センター開設準備委員会」でした。平成26年4月開設に向けたスケジュールで、公設民営方式の当該センター運営団体募集に唯一応募した「狛江市社会福祉協議会」に対する「公開プレゼンテーション」と「選考会」を10月15日(土)に実施するための段取りを決めるのが当日の主たる議題でした。それにしても複数団体が競い合ってこその公開プレゼンなのに、たった1団体の選考会とはさみしいですね。なにやら市民活動センターの先行きを暗示しているのかもしれませんね。オッと開設準備委員がそんなこと言ってはいけませんが・・・。

■さて、珍しく3名の方が傍聴に見えていましたが、その背景には例の「駅前三角地建設予定施設に関する市民説明会」での紛糾があったからだと思います。その後、三角地施設建設問題はドーなったの?ということですよね。実は、当日に先立って私から事務局(政策室協働調整担当)に、その説明会の詳細を報告して戴きたい旨メールを打っておいたのでした。プレゼン・選考も良いけど、そもそも建設予定の三角地複合施設が市民世論に受け入れられないといった状況があるとすれば、委員会としてなんらかの行動を起こす必要を感じたからでした。

■さて、プレゼンの段取りは一応つけたところで、時間を割いていただき「6月22日と6月25日の2回の説明会の記録」の報告を政策室長から受けました。そこではあらためて、約20年前に遡る北口再開発をめぐる一大市民運動と、それ以来の駅前三角地をめぐる歴史的な市民と市長(行政)の「約束ごと」の存在や3月11日大震災後の駅前広場の防災スペースとしての新たなニーズの高まりや4億円の建設費への批判などから、説明会はすべて反対市民に埋め尽くされ、事実上、立ち往生の行政の姿が浮き彫りになりました。そして会場で何度も市民から釘を刺された、平成23年度中の「基本設計」(678万円)の予算執行も、来年度の実施設計予算(1,744万円)の計上すらも、現状ではとても困難に思えるのでした。

■準備委員会のメンバーでもある企画財政部長からも、今後、(反対派)地元住民との接触を考えているとの言葉はあったものの、まったく先の見通しは聞けなかったのでした。さて、このような状況にも関わらず、高見の見物を決め込んで、ただ単に、運営団体選考等のタイムスケジュールを進めるなんてピエロというか、市民世論への裏切りとも言えるわけでして、準備委員会として、行政に任せているだけでなく主体的な行動(市民との対話集会等)を起こそうよとなんども食い下がったのですが、正副委員長等の「そこまでの役割は当委員会の所掌範囲を超えている」という仕切りを突破することは残念ながら出来ませんでした。「結局、安藤委員長は狛江市民でなく部外者だから(市民世論がどこにあるのか疎いし、事態の打開策も見えてないし、責任もない)」と口が滑りましたが、開設準備の委員会は運営団体の選考やレイアウトを決めるだけの行政の露払い役なのか、スムーズな開設に向けて市民世論を喚起するなど進捗管理に責任を担うのかという対立でした。(ハナシはそれるけど、だから審議会の主導権は住民たる市民の手にという審議会改革が必要なのです)

■私は、この開設準備委員会当初から言ってきたように、「役所が造ってくれた箱物にオンブにダッコのお客さんとしてのNPO団体というようなセンターの開設過程を歩むなら、そこには市民活動・NPOの自立はなく、役所の下請けNPOの道しかないですよ」「NPOや公益市民活動とその連携が、地域に豊かな公共空間を醸成し、住民自治を確かなものへ高め、市役所のムダをそぎ落とし、自治体改革にも貢献するという大きな役割や、学習の公民館からもっと行動する市民の拠点であること等々、大いに熱い議論を戦わせて、市民の自主的運営を目指す運営委員会の委員応募が殺到するような中で、オープンを迎えなければならない」と思ってきました。

■さて、そのことを益々強く思ったのは、(ここからが本題です)説明会の会議録のこのような市民の発言でした。「絵手紙展スペースだけやけに具体的だが、(絵手紙展示スペースなんて初耳だがそのことは差し置いて)絵手紙でどれだけ経済効果を期待しているのか。(市民活動センターの)市民センターとの違いもよくわからない。近所に西河原公民館とあいとぴあセンターがあり、似たような建物を建てる必要があるのか。」さらには「(活動センターの)運営費2,400万円垂れ流しにするのか」など、この方々の発言と同主旨の発言は他にも随所に見られたのでした。

■つまり、北口開発をめぐる歴史的な地元住民との「事前協議の約束」破りということにとどまらず、そもそも市民活動支援センター設置そのものがまったく市民に理解されていないという現実をあらためて突きつけられているのです。政策室(市民協働担当)や社協ボランティアセンター担当者やNPO団体にとっては、活動拠点の確保が「参加協働条例」の約束であり、予定施設なのですが、多くの市民にとってはナニそれっていうハナシなのです。とりわけ「市民センター(公民館)とドー違うの」(二重投資でしょ)という疑問に答えられていないのです。

■これは平成19年~20年の市民活動支援センター設置検討委員会の席でも、口を酸っぱく言って来たことです。昨晩も安藤雄太委員長(設置検討委も開設準備委でも委員長・元東京ボランティアセンター勤務)にそこの本質議論を封じた彼へ批判の矢を向けたのでした。箱物批判と公民館や社協ボラセンとの棲み分け・役割分担(公益活動センター、NPOセンターに特化すべきとワタシは主張した)議論を「諮問の範囲を超えている」と拒否したツケが今の事態を招いているといっても過言ではないと思うからです。

■その点、実は「公共施設再編計画策定委員会」(根本祐二委員長)のパブコメに付された「再編方針(素案)」(平成21年1月)は、これがとても刺激的過ぎたのか、公民館守れの市民も台頭し、1年後に矢野市長の下で、今日の三角地に施設建設との計画に改められたのですが、「中央公民館を廃止し、市民活動支援センターとする」提案をしていたことを今一度想起すべきです。

■その論理は「市民文化の振興を図るためには市民が自由に文化活動を行いうる施設・機能が必要であり、そうした意味では、行政主導となる社会教育とは、相反する関係にあると言えます。(略)そこで当委員会としては、社会教育、特に公民館、図書館については市民が自由に文化活動を行いうる場を提供する施設に特化することを強く提案し、検討を求めます」(文化活動は市民活動と同義語と理解できます)と、公民館の行政主導性(市民をオシエソダテル)の時代遅れを明確に指摘し、自由かつ課題解決に向けて行動する市民活動拠点への転換を提案したのでした。厳しいがここには自治体改革論のスジがあります。

■ですから、まあワタシラNPO団体側としてみれば、迷走した挙句、棚ボタのように一等地の三角地に「市民活動センター」建設が矢野市長好みの「障がい者アンテナショップ」と「絵手紙展示スペース」と共に現れたというワケですが、またまたここで迷走を繰り返すか、それとも永遠に漂流する市民支援活動センターとなるのかですよね。公共施設再編検討委員会の公民館廃止論は少し刺激的過ぎたかもしれないけど、公民館と同居路線だったら十分、公民館派市民との話し合いは出来たはずだと今も私は確信します。だから準備委員会が乗り出しての「市民対話」を提案したのでした。

■さて、例のプレゼンですが、ワタシの隣で発言したT委員(公募のNPO役員)の「とても三角地建設は無理な情勢(先行き不透明)の中で、そもそも10月のプレゼン自体進めて良いのでしょうか?」との発言が、もう一度委員会を現実に引き戻し、「もし、プレゼンに応募した団体に、そののち平成26年開設見通しが立たず、(委託時期の)待ちぼうけを食わせるなんてことがあったら大迷惑なハナシになりますよね」と10月の運営団体選考自体を一旦中止するか否かを、この後の行政の見通し判断を待って結論出しましょう。その結論は(委員会を開けないので)正副委員長に一任しましょうとの結論に至ったのでした。ヤレヤレ迷走しているのはワタシラ委員会だったりして・・・・。

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2011年9月12日 (月)

セレモニーの条例改正フォーラム

■1昨日のブログにコピーしました「改正問題意見書」をお読みになれば、ワタシラの見解(といっても研究会としての意見ではない)がお分かりいただけたかと思いますが、ざっくり昨日のフォーラムの様子をレポートしておきます。市民参加経験者への役所からのお誘いのお手紙で、何かありそうねと参加した方々を含めて、約40人(内、審議会関係者10名)が参加した。壇上にずらり審議会関係者が並び、ちょうど政府のやるタウンミーティングの雰囲気。審議会側の報告と説明30分、質疑に15分、グループミーティング20分、ポストイットの意見の公表10分、会場との意見交換20分、以上終わり。

■「フォーラム」自体を否定しないし、参加条例改正というテーマに取り組みますよというメッセージにはなったと思う、ただし、この程度のセレモニーで市民の意見を聞いたなどと言わないでほしい。冒頭の山岡義典・審議会会長の挨拶にもあったように、参加条例10年の改正で、あらためて当事者である参加協働を経験した市民からの総括論議を巻き起こし、より本質に迫る改正課題の抽出につなげなければならないからです。すでに事務局整理として8項目の課題が今般改正の中心部分を占めており、それはワタシらからみればホンの微調整の範囲でしかない。(だから会場からもナニを変えたいのか分からないと発言が出た)自治基本条例との棲み分けを含めて、参加条例それ自体としてもその精度を最高レベルである「住民によるコントロール」(Arnsteinの「市民参加の梯子」)まで迫ることを目標としなければならないと考えるからです。

■少ない質疑時間の中で、ワタシや自治研のメンバーの意見は伝えきれたとは思えないが、(だから意見書を提出した)会場でのOさんの「基本計画市民委員の挫折」発言がクローズアップされました。Oさん達は(ワタシも)基本計画(22年3月)策定市民委員として「まちづくり行財政分科会」で、山岡座長の下に、財政再建目標を始め、施策目標数値の設定などをスッタモンダの末、作成し、それを総合基本計画審議会も了承し、市長へ答申された。しかし、その答申内容は行政によって、数値目標の下方修正をふくめて大幅に修正された計画として公定化された。その間市民委員にはなんらの説明もなく、多くの市民委員の怒りを買ったという問題でした。

■答申の尊重義務はあるが、最終的な行政計画の策定権は(選挙で選ばれた)首長にあるのだからやむをえないとする山岡会長の答えだったが、問題は、以前、「公共施設再編検討委員会の市民委員4人の反乱」として伝えたように、「市民の意見反映」に限定された、現行参加条例自身の問題である。だからアーンスタインの梯子のハナシにもなるのですが、公共施設検討委員会メンバーだったKさんが言った「委員長は市民が握らなければならない」に基づいて審議会等の運営原則(基準)に市民委員過半数規定が必要なのです。その上で、委員会審議会開催にあたり、行政との協定により、答申尊重規定(内容変更の場合の措置等)を結ぶなどが考えられます。
■その他、Iさんから「議会への参加はありえない」とする飯田委員発言にも「許せないアナクロ発言だ!」として「議会への市民参加」が狛江では不充分であり、改正課題に載せるべきとする発言もあったが、山岡会長の答弁は「議会への参加は担保されている」「選挙が市民参加の最たるもの、投票率の低さが問題」と問題に正対したものではなかった。

■とまあ、この程度の範囲の議論で終わるのは想定内のことでして、もとより「自治基本条例の検討と関連しての参加条例見直し」の難題に対する答えも山岡会長はスルーしたが、さてワタシラ自治基本条例研究会メンバーからの様々な意見への対応を含めて、意見書でも要請しておいたが本格的な市民とのキャッチボールが審議会に出来るか?注目したいですね。

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2011年9月10日 (土)

参加協働審議会へ意見書

狛江市市民参加と市民協働の推進基本条例・改正に対する意見
-9月10日参加と協働推進市民フォーラムに際して-
 
自治基本条例研究会・清水信之 


①『自治体運営の基本ルール』(自治基本条例)との関係について

狛江市前期基本計画において、「行政基本ルールの確立とも関連して基本条例の見直しに取り組みます」「このルール(自治基本条例)の検討は、既存の市民参加と市民協働の推進に関する基本条例の見直しの際に、市民の主体的参加ものとに議論を重ねながら進められるよう、市民主体の検討機関において行います」とありますが、そもそも執行部側から自治基本条例に関する基本認識や取り組み姿勢が示されない中で、「基本計画を踏まえた(自治基本条例と関連させながらの)参加協働条例改正」という難題を引き受けざるをえない審議会の苦悩に同情せざるをえないものの、現時点で「自治基本条例」に関して、当該審議会でその基本的な理解を共有する議論経過は見当たりません。
にもかかわらず、①「市民参加・協働条例を自治基本条例の一部に含ませる」か、②「参加協働の理念だけを自治基本条例で定め、市民参加・協働基本条例は、その具体的な取り組みを定めた特別条例(「特別条例」の意味は不明)として独立したものとする」かの選択肢を設け、②として位置づける(「独立した特別条例として扱う」)などと、唐突に自治基本条例の枠組みやその理念に関して規定し、参加協働の理念の延長線上に自治基本条例が構想されるかのような強引な解釈には同意できません。
しかし、将来の自治基本条例策定とは無関係に市民参加条例改正のみに限定して議論を進めていることは基本計画の意図を無視した行為となります。従って先ずは自治基本条例とは何かについて基本的な認識の共有を進めるべきであり、今からでも条例改正分科会と平行した「自治基本条例分科会」を設置し、(将来の)自治基本条例制定と、この度の参加協働条例改正との枠組みの法規的な調整・棲み分けを行いながら参加協働条例改正を行うべきです。

②条例改正作業の工程表(進行管理)の短縮について

平成22年度最終審議会である第9回(平成23年2月9日)に提出された「基本条例の見直しの方向について(素案)」では、「3.見直しの体制」で「この分科会は、幅広く市民が主体的に参加できる場とすべきである」と書いてありました。ちなみに第8回日審議会で、山岡会長は「実際に参加協働した方たち公募市民委員が出てきて、市民の目線からこの条例がどうであったのか、どうあるべきかの議論をきちんとしてほしいと思います」「審議会から何名か入っていただいて、市民に呼びかけて参加してもらう」といい、“公募市民を含めた分科会”という構想に基づいて、「4.見直しのタイムスケジュール」では「平成23年6月分科会設置に始まり、平成24年8月改正条例案答申」という2年をまたがったスケジュールでした。ところが、2月9日に突然「2年間の見直し」が「今の審議委員が23年度で任期満了」となることから、「できれば現審議会で1つの方向をきちんと出しておいた方が良い」として、急遽、年度内の23年3月改正案答申へ変更され、それに伴い「公募市民による分科会」もなくなり、「公開分科会」(2月9日審議会)すらどこへやら、審議会メンバーのみの閉ざされた議論の場になりました。
さらに上記①で述べたように基本計画を踏まえ「自治基本条例の検討と併せて条例を見直すことになります」(11月8日第6回審議会山岡会長)と述べたとおり、自治基本条例の基本的な学習・審議の期間が必要であり、そのことも併せて考えたとき23年度中の「改正案答申」はとても信じがたい超短縮スケジュールだと思います。もっともアリバイ委員会で、実際は行政の事務局にお任せし、幅広く深い市民議論などを求めないというのであれば話は別です。市民参加制度の推進役であり元締めである審議会が当の市民参加協働制度改正をこのような拙速かつ形式的な参加手続きで済ますことは自殺行為ではないかと考えます。
したがって、スケジュールを「素案」のレベル以上に確保すること、そして現状では拙速かつ形式的な市民参加と云わざるをえない「フォーラム」「ワークショップ」でなく「幅広く主体的に市民が参加できる場」としての「分科会の設置」や「関係団体との意見交換・ヒアリング」など多様な参加手続きを確保すべきことを申し添えます。

③「市民参加の定義」ついで「市民の定義」を根本的に考え直すべきである。

私たち「自治基本条例研究会」(昨年度公民館講座受講者17名の自主グループ)は本年5月より「神原勝教授の自治基本条例私案と狛江市制度の比較検討」と合わせて、「参加協働条例改正」を検討してきました。その中で現行市民参加協働条例の骨格部分である「市民参加」という概念そのものの変更が必要であるという認識に至りました。「市民参加」=「行政活動への参加」という行政府への政治参加に限定したら「議会」(立法府)への参加は新たな造語が必要になります。むしろ多くの自治体で採用しているとおり、「市民参加」=「市政(行政・議会)への参加」と定義を修正すべきです。「市民参加(住民参加)」とは自治体等の政策決定過程等に関与することですから、行政計画や条例の議決過程への「参加」を法規上排除することは、住民自治と地方自治法を無視することになります。(ちなみに、現行条例第5条-市民参加の対象-では「計画等の制定又は変更」「条例の制定又は改廃」を対象としているにもかかわらず、その「市民参加の実施機関」から議会を除外する誤りを犯しています)
その上で、議会への参加条項を当該改正課題とするのか、議会を含めた自治体運営の基本原則を規定する自治基本条例(自治体運営条例)に委ねるのかを充分な市民議論を経て判断すべきと考えます。
なお、参加条例は「市民の定義」を避けています。だから「市民委員の定義」も定まらず、審議会等の市民の主体性の確保を含めた運営基準(「審議会等における市民委員の参加推進マニュアル」)も出来ていません。地方自治法は住民を主権者市民としており、その信託に基づいて自治体の運営が適切に行われるように情報公開や市民参加や行政評価などの制度が存在するのですから、主権者は住民である市民であり、通勤・通学者、企業団体など、まちづくり等への協力者は「市民等」(小平市自治基本条例)と規定するのが自治基本条例概念との整合性が保たれると考えます。(参考:狛江市基本構想では「市民」を住民・通勤・通学者・企業団体と定義し、狛江市まちづくり条例では「市民等」と表記し、法規上混乱しています)

④その他、特に重要と思われる事項

イ、審議会改革について
平成21年度の「総合評価」で「総合基本計画の実現」を掲げ、主として前期基本計画にもとづく条例改正と云われるが、事務局整理の課題項目(8項目)にあって、その基本計画中の施策成果目標に「市内在住の委員が過半数を占める審議会の割合」を「23.8%から80%」へと言う項目や、「市民協働事業件数」を「60件から90件」が記載されている点に言及がないのは不思議である。審議会に占める「市内在住委員」の割合が過半数以上の審議会にすることを担保した条例改正を行うべきです。また改正分科会でも俎上に乗っているとおり、「市民委員」の規定を整理した上で、「市民委員過半数規定」も条例化すべきであり、会長・委員長が学識者とする不文律?があるが、「御用学者」なる批判もあることから学職・有識者はアドバイザーに徹するべきであり、市民委員の積極的登用を促すなど、主導権を限りなく主権者である市民に与えることが市民参加制度の充実に欠かせないと考えます。(アーンスタイン「市民参加の梯子」を参照)また、審議会市民委員選考に当たっては行政の恣意性を排除する意味で抽選とすべきです。なお性別等への配慮は同時に担保すべきです。

ロ、常設型市民投票制度の導入
和光市市民参加条例でも「常設型常民投票制度」が23年10月に施行予定です。市民参加制度の本丸とも言われ、政策決定過程へ主権者市民に決定権を与える市民投票制度の構築は最重要課題である。

ハ、参加対象へ賦課徴収事項の追加を
平成23年自治法改正案でも「直接請求制度(条例制定請求)の対象から地方税の賦課徴収等の除外規定の削除」が予定されている。改正分科会の資料でもあるとおり、地方分権時代にあって市民生活に重大な影響のある賦課徴収事項を参加対象の例外とする規定は廃止すべきである。
以上(23年9月10日)

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2011年9月 6日 (火)

「参加条例・逐条解説書」も間違っている

■先のブログで「狛江市参加協働審議会・条例改正分科会座長」の「議会へ市民参加することはアリエナイ」(第3回改正分科会)のビックリ発言にツッコミを入れました。それは制定以来「7年間条例を使ってきた市民の目線から」の総括と「自治体運営の基本ルール(自治基本条例)の検討と併せて条例を見直すこととなります」(22年11月8日同審議会・山岡会長)の観点も踏まえて、自治基本条例研究会メンバーの狛江市参加協働条例への根本的な疑問に基づくものでした。

■前回は「市民参加」という概念が、市民参加協働条例制定(平成15年)によって不当に矮小化されてきたことを論証しました。そこでもう一度、関係者以外には見えていないので条例の該当箇所をコピーしておきます。

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第2条 この条例において,次の各号に掲げる用語の意義は,それぞれ当該各号に定めるところによる。
(1) 市民参加 行政活動に市民の意見を反映するため,行政活動の企画立案から実施,評価に至るまで,市民が様々な形で参加すること。
(2) 市民協働 市の実施機関と市民公益活動を行う団体が,行政活動等について共同して取り組むこと。
(3) 行政活動 地方自治法(昭和22年法律第67号。以下「地方自治法」という。)第2条に規定するところにより事務を処理するために行う活動
(4) 市の実施機関 市長,教育委員会,選挙管理委員会,監査委員,農業委員会,固定資産評価審査委員会をいう。
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■ですから、「議会への市民参加」という言葉は、少なくとも法規上は「ありえない」し、使えないのですよね。ところが私達が学習した「神原私案(札幌市自治基本条例案)」でも、栗山町議会条例でも多摩市議会条例でも、行政と議会に対して共通用語として「市民参加」を使っています。当たり前ですよね。狛江では例えば議会への市民の意見反映をわざわざ「議会参加」とでも造語しなければなりませんよね。

■さらに困ったことに参加条例の手引書(「基本的な考え方」)、業界用語での「逐条解説書」には以下のように書かれているのです。

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「なお、「議会」については、この条例に含めなかった理由として、そもそも首長とは異なる代表性を有する機関であること、及びこの条例の対象となる市民参加と市民協働にかかわる施策(第5条)を実施する機関ではないこと、したがってこの条例の実施機関(第2条4号)とはならないことと判断したためである。」
*************************

■つまり、行政府への参加のみに限定した条例であるといっているのですが、問題は次の第5条です。

*************************
(市民参加の対象)
第5条 市の実施機関は,次に掲げる行政活動を行おうとするときは,あらかじめ市民参加の手続きを行わなければならない。
(1) 市の基本構想及び基本的事項を定める計画等の策定又は変更
(2) 市政に関する基本方針を定め,又は市民に義務を課し,若しくは市民の権利を制限することを内容とする条例の制定又は改廃
(3) 広く市民に適用され,市民生活に重大な影響を及ぼす制度の導入又は改廃
(4) 市民の公共の用に供される大規模な施設の設置に係る基本計画等の策定及びその利用や運営に関する方針,又はそれらの変更
2 市の実施機関は,前項の規定にかかわらず,緊急その他やむを得ない理由があるとき又は市税の賦課徴収及び分担金,負担金,使用料,手数料等の徴収に関するもの(地方自治法第74条の請求権から除外されるもの)等については市民参加の手続きを行わないことができる。
*************************

■前回のブログで「Aさんの指摘」がこの部分です。「大事なことを決める時は参加して意見反映する」制度ですよね、ところが解説書の「議会を除く理由」と第5条をよくよく読んで見て下さい。『この条例の対象となる市民参加と市民協働にかかわる施策(第5条)を実施する機関ではないこと』といっていますが、基本構想の「策定」や種々の条例の「制定」は行政のみでは不可能であり、議会での議決行為まで含めて初めて「策定」「制定」が完結するわけですよね。「市民参加」と言うか言わないかは別にして、明らかに議会も「第5条」の「実施する機関」の範囲ですよね。もともと政策決定過程への参加は議会もその対象にしなければ部分的だから、多くの自治体では「市政(行政・議会)への参加」を市民参加としているのですよね。

■参加対象の「実施機関ではない」とは勘違いの大間違いという結論です。これで、研究会の当初から、みんなで首を傾げてきた「解説書」の解釈論争にようやくピリオドが打てますよね?ややこしいハナシで恐縮ですが、また石井先生のコメントも戴けるとありがたいのですが・・・。

■「新しいワインと皮袋」もブログに書きましたが、「パラダイムシフト」(思考の枠組みの転換)が必要なとき、前例踏襲型思考の役所の論理やごまかすテクニックとしての法務に対抗する「政策法務」能力をワタシラ自治基本条例研究会がしっかり磨かなければなりませんが、そのフィールドワークの場を「市民参加条例改正」を掲げる参加協働審議会が提供してくれました。9月10日(土)午後1時30分~:中央公民館地下ホールに奮ってご参加下さい。

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2011年9月 3日 (土)

「行政と一体となった」参加協働審議会?

■自治基本条例研究会の会場である公民館のお知らせコーナーに「9.10参加と協働推進市民フォーラム」(主催:狛江市市民参加と市民協働に関する審議会)の案内ビラを見て研究会メンバーが驚きました。それは「魅力ある市民参加と協働の仕組みを考える」~市民参加と協働の推進に関する基本条例の見直しに向けて~のタイトルの下の本文で「狛江市は、市民参加と市民協働の推進に関する基本条例に基づき、一貫して行政と一体となった市民によるまちづくりの推進を図っています。現在、この条例の見直しの検討を進めています。今回のフォーラムでは、より、望ましい市民参加と市民協働の推進の仕組みに向けて、主役である市民の皆様のご意見等を反映させることを目的としています。」とあり、「行政と一体となった」との表現への違和感でした。

■この参加協働条例改正への動きは、平成22年度の市長諮問に基づき、「狛江市市民参加と市民協働に関する審議会」(会長:山岡義典)が1年間の審議を経て平成23年2月に「見直しの方向性について」が答申され、本年度(23年度)には「改正分科会」が5月19日から始動し、本格的改正作業が開始されたというものです。その改正作業の工程表は本年12月で条例改正素案をまとめ、平成24年1月にパブリックコメントを経て、3月に条例改正案を答申するとあります。(市HP「会議録のひろば」)

■さて、「行政と一体となった市民によるまちづくり」のどこが問題なのでしょうか?狛江市が7年前の平成15年(2003年)にイワユル「市民参加・協働条例」を制定したようにすでに「市民参加」や「市民協働」という言葉はこの10年、「情報公開」と共に、自治体では常識のように語られるようになりました。その狛江の参加条例前文にも「パートナーシップ」などの言葉が散りばめてあります。だから「行政と一体となった市民によるまちづくり」なる言葉が当然のように出てくるのでしょうが、ちょっとまって下さい。行政と一体化した市民活動・まちづくり運動ってナニかヘンだと思いませんか?

■本来、市民活動やまちづくりは市民の自由な空間であり、様々な課題や拡がりをもったものですよね。確かに行政と連携することで課題解決を図ったり、活動の発展につながることはあるし、それ自体を否定するものではないですが、実は戦前の町内会(隣組)であったりの危険性とまで言わなくとも、「NPOの下請け化」はすでに問題視されているのです。つまり、「対等な立場でまちの発展のために取り組む」(前文)はずが「役所の婿」になってしまい、(石井秀一氏はNPOの既得権益化、権力化の危険すら指摘するー公民館講座)一方、行政を「より市民に開かれたものに変えていく」(前文)という狙いもいつの間にか、「市民とのもたれあい」で行政責任を放棄する傾向すら生じているのです。

■だから「行政と一体」となってはいけないのです。両者は一定の距離感というか、緊張関係があってしかるべきなのです。というのもワタシラ「自治基本条例研究会」でトレーニングを重ねているうちに、徐々に「思想化」しつつあるワケですが、主権者としての市民は、その代理機構としての行政をコントロール下に置かなければならないからです。「行政への参加」も、その政策形成過程等に参加と批判を通じて、日常的に市民意志を反映させ、場合によっては行政と長への説明責任追及や異議申し立てを行う必要から、今日自治体の必須アイテムとして定着してきたのです。

■ここからが本文ですが、9月2日の第11回自治基本条例研究会の議題は「市民参加条例改正をどう考えるか」でした。当日も台風の影響で不穏な夜でしたが、10名の出席でワイワイガヤガヤとあっという間の2時間でした。まだ論点整理は途中なので再度同じテーマで9月9日に第11回研究会は開催します。

■そんなワケで、あまりワタシの勝手な集約はできませんが、みんなでガッテンしたことがあります。それはAさんの一言でした。それは「市民参加って市や市民にとって大事なこと決めようとするときに市民の意見を反映させるってことですよね。例えば基本構想とか○○条例などをつくるときですよね。それって最後は議会で決まるのよね。だとすれば『議会への参加』(アプローチ)も制度としてチャンとしてないと道半ばっていうか、もの足りないっていうか、不完全な制度っていうことにならないかしら」これは、7年前は輝いていた「市民参加条例」の(時代により劣化した)今日を言い当てた表現でした。

■ワタシ的には前にも書きましたので一部繰り返しになりますが、(6月11日「市民参加条例の最大欠陥は議会条項がないこと?」)当たり前のように受け止めていた「市民参加」や「市民協働」という概念をもう一度根本的に考えてみようということです。実はココが審議会の議論でも迷走しているから、ナンのための条例改正なのか市民にアピールもできていないのです。「市民参加は行政活動への参加」デス。条文に書いてあります。では「議会へ市民がアプローチする、陳情や要請などをすることはナンて言うのでしょうか?「議会への市民参加」と言わないですか?

■審議会の改正分科会の飯田座長の「議会へ市民参加することはアリエナイ」(第3回改正分科会)のビックリ発言は実は狛江市の法規上まったく正しい発言!?なのですよね。繰り返しますが「市民参加とは・・行政活動への参加」と条例に明記してあるのですから。皆さんもお考え下さいませ。「行政と一体化」したり、もたれあっているとリアルな改革課題が見えなくなってしまいますよね。とりあえず失礼します。

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