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2011年9月 3日 (土)

「行政と一体となった」参加協働審議会?

■自治基本条例研究会の会場である公民館のお知らせコーナーに「9.10参加と協働推進市民フォーラム」(主催:狛江市市民参加と市民協働に関する審議会)の案内ビラを見て研究会メンバーが驚きました。それは「魅力ある市民参加と協働の仕組みを考える」~市民参加と協働の推進に関する基本条例の見直しに向けて~のタイトルの下の本文で「狛江市は、市民参加と市民協働の推進に関する基本条例に基づき、一貫して行政と一体となった市民によるまちづくりの推進を図っています。現在、この条例の見直しの検討を進めています。今回のフォーラムでは、より、望ましい市民参加と市民協働の推進の仕組みに向けて、主役である市民の皆様のご意見等を反映させることを目的としています。」とあり、「行政と一体となった」との表現への違和感でした。

■この参加協働条例改正への動きは、平成22年度の市長諮問に基づき、「狛江市市民参加と市民協働に関する審議会」(会長:山岡義典)が1年間の審議を経て平成23年2月に「見直しの方向性について」が答申され、本年度(23年度)には「改正分科会」が5月19日から始動し、本格的改正作業が開始されたというものです。その改正作業の工程表は本年12月で条例改正素案をまとめ、平成24年1月にパブリックコメントを経て、3月に条例改正案を答申するとあります。(市HP「会議録のひろば」)

■さて、「行政と一体となった市民によるまちづくり」のどこが問題なのでしょうか?狛江市が7年前の平成15年(2003年)にイワユル「市民参加・協働条例」を制定したようにすでに「市民参加」や「市民協働」という言葉はこの10年、「情報公開」と共に、自治体では常識のように語られるようになりました。その狛江の参加条例前文にも「パートナーシップ」などの言葉が散りばめてあります。だから「行政と一体となった市民によるまちづくり」なる言葉が当然のように出てくるのでしょうが、ちょっとまって下さい。行政と一体化した市民活動・まちづくり運動ってナニかヘンだと思いませんか?

■本来、市民活動やまちづくりは市民の自由な空間であり、様々な課題や拡がりをもったものですよね。確かに行政と連携することで課題解決を図ったり、活動の発展につながることはあるし、それ自体を否定するものではないですが、実は戦前の町内会(隣組)であったりの危険性とまで言わなくとも、「NPOの下請け化」はすでに問題視されているのです。つまり、「対等な立場でまちの発展のために取り組む」(前文)はずが「役所の婿」になってしまい、(石井秀一氏はNPOの既得権益化、権力化の危険すら指摘するー公民館講座)一方、行政を「より市民に開かれたものに変えていく」(前文)という狙いもいつの間にか、「市民とのもたれあい」で行政責任を放棄する傾向すら生じているのです。

■だから「行政と一体」となってはいけないのです。両者は一定の距離感というか、緊張関係があってしかるべきなのです。というのもワタシラ「自治基本条例研究会」でトレーニングを重ねているうちに、徐々に「思想化」しつつあるワケですが、主権者としての市民は、その代理機構としての行政をコントロール下に置かなければならないからです。「行政への参加」も、その政策形成過程等に参加と批判を通じて、日常的に市民意志を反映させ、場合によっては行政と長への説明責任追及や異議申し立てを行う必要から、今日自治体の必須アイテムとして定着してきたのです。

■ここからが本文ですが、9月2日の第11回自治基本条例研究会の議題は「市民参加条例改正をどう考えるか」でした。当日も台風の影響で不穏な夜でしたが、10名の出席でワイワイガヤガヤとあっという間の2時間でした。まだ論点整理は途中なので再度同じテーマで9月9日に第11回研究会は開催します。

■そんなワケで、あまりワタシの勝手な集約はできませんが、みんなでガッテンしたことがあります。それはAさんの一言でした。それは「市民参加って市や市民にとって大事なこと決めようとするときに市民の意見を反映させるってことですよね。例えば基本構想とか○○条例などをつくるときですよね。それって最後は議会で決まるのよね。だとすれば『議会への参加』(アプローチ)も制度としてチャンとしてないと道半ばっていうか、もの足りないっていうか、不完全な制度っていうことにならないかしら」これは、7年前は輝いていた「市民参加条例」の(時代により劣化した)今日を言い当てた表現でした。

■ワタシ的には前にも書きましたので一部繰り返しになりますが、(6月11日「市民参加条例の最大欠陥は議会条項がないこと?」)当たり前のように受け止めていた「市民参加」や「市民協働」という概念をもう一度根本的に考えてみようということです。実はココが審議会の議論でも迷走しているから、ナンのための条例改正なのか市民にアピールもできていないのです。「市民参加は行政活動への参加」デス。条文に書いてあります。では「議会へ市民がアプローチする、陳情や要請などをすることはナンて言うのでしょうか?「議会への市民参加」と言わないですか?

■審議会の改正分科会の飯田座長の「議会へ市民参加することはアリエナイ」(第3回改正分科会)のビックリ発言は実は狛江市の法規上まったく正しい発言!?なのですよね。繰り返しますが「市民参加とは・・行政活動への参加」と条例に明記してあるのですから。皆さんもお考え下さいませ。「行政と一体化」したり、もたれあっているとリアルな改革課題が見えなくなってしまいますよね。とりあえず失礼します。

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