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2012年5月30日 (水)

矢野市政の精算と何か(その1)

■矢野市政の総括・清算について考えるのは、(矢野市政誕生後の当初「与党」に組みしていたという自分史の整理もありますが)その目的は、繰り返し言ってきた「ナショナルパーティの地方自治への過剰関与」により、今度の市長選も本当の争点が見えなくなってはいないかという問題意識からです。さて「矢野市政の清算」に関して、高橋陣営は「失った(空白の)16年を取り戻す」と云い、ナニが失われたのかについては、「停滞から前進へ狛江のまちづくり」の表現から推測するに、主に(ハードな)「まちづくり」が停滞してきたことを「失われた」「空白の」と言っていると考えられます。

■これに対して、田辺陣営は「古い市政への逆戻りは許さない」とし、その「古い市政」とは「どこかで誰かが決める市政に逆戻りをゆるすことなく、『市民が主人公』の市政の流れをさらに大きく発展させていきたい」との表現から見るに、「市民に閉ざされた」「地元名士と取り巻きの政治」(密室談合型政治)のことのようです。

■さて、この「空白の16年」には「全国的にも希な共産党市長の異常な長期政権」という陣営方の注釈がつき、片や「古い市政に戻すな」では「革新市政(市民派市政)を守れ」が同義語となります。何のことはない保守(自民)対革新(共産)の代理戦争と言ってしまえばそれまでですが、両者とも実に呆れるほど「古い」観念の対立劇を演じていますよね。片や「反共イデオロギー」片や「保守=反動、革新=進歩」論といったすでに死語となった前世紀の遺物のような観念が背中に張り付いているのです。

■もうお分かりでしょうが、こんな表層の言葉遊びが市政争点(ホントの困難課題)を曇らせていることは明らかです。それではホントの争点は何かですが、その前に、この間の「市民と議会の懇談会」の議論の中で、云わば中間派の生活者ネット系の市民の矢野市政総括論で興味深い発言を紹介します。それは「共産党が保守の役割も演じる(政策を飲み込む)という不正常なあり方が市民や議会を思考停止にさせた16年」との主旨の発言でした。

■この発言は、共産党と云えども少数与党政権なので、行政施策全てに自説を貫くことは出来ないから野党(自民・公明等)要求も取り込まざるを得ない。従って矢野市政は任期を重ねる度に、対抗戦略なき自公等野党の擦り寄りもあり、事実上「オール与党体制」となっていたことによる閉塞感を言い表しています。とりわけ市議会は自己改革(首長への牽制機能強化)をサボタージュしてきたツケもあり、ますます政策争点(対立軸)なきセレモニー・刺身のツマ状態に劣化してしまったことへの自己反省の弁とも取れます。

■ハナシを「ホントの争点」に戻しますが、田辺陣営は「住民のいのちと暮しを守るのが地方自治本来の役割」と述べていますが、事はそう簡単ではなく、その地方自治の役割が2000年地方分権一括法以来大きく変化していること(中央政府の下請けから対等な地方政府へ)を見逃しています。片や、高橋陣営の「国や東京都とのパイプ路線」に象徴的に見られる発想も地方政府としての自立改革とは逆の方向に向いている気がします。

■確かに二期目の矢野市政では「情報公開・市民参加」という分権改革時代の住民自治の新しいツール(全国標準)を開花させました。この功績は大きかったと思います。しかし、地方政府としての自己改革(行財政改革)には失敗しています。(財政危機から脱出できていません)それは「地方分権改革」という時代の要請を、高度成長時代の郷愁を引きづり、国の責任放棄・地方へのしわ寄せ、とネガティブに捉える“内なる中央集権主義”から抜け出せないからでした。

■そして、このことは既得権益に縛られている市議会自民党も同根であり、特に野党という無責任な立場もあり、痛みを伴う抜本改革論は狛江市政の16年間封じられたと云えます。その意味では「失われた16年」と言えなくもないですね。問題は自己反省抜きで、第三者のようにそれを口に出すお気軽さですね。(ちなみに、その改革論は「市政改革への提言」に織り込まれていますので今一度ご参照下さい)

■「矢野市政の清算」に迫ろうとアレコレ考え中ですが、ホントの困難課題を両陣営ともスルーしてはいないですか?ハタマタ、矢野市政はナゼそこに迫れなかったのか、と思考中です。今日はこれから「ハンディキャブこまえ」の定期総会のお仕事もあり、時間切れです。続編を乞うご期待あれ。

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