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2012年6月

2012年6月26日 (火)

懇談会~市長選を振り返って

「市民と議会の懇談会」のご案内
テーマ:狛江市長選・市議補選を振り返って

■ポスト矢野市政の選択を問う市長選が終わり、高橋市政が誕生しました。心配された投票率もほぼ前回並みの48%と、まあ都市部の他市に比べれば及第点かもしれません。それにしても朝日新聞の評ではないですが、「政策争点があまり見えない、4党相乗りの組織選挙」だったかもしれません。

■その市長選・市議補選をそれぞれのスタンスで関わった立場から、今回の市長選から見えてきたものは何か?私たちの「改革提言」はどこまで受け入れられたか?そして今後の高橋市政に望まれること、また、新市政に対して私たちの立ち位置はどうあるべきかなどをザックバランに議論したいと思います。

■そして、懇談会の継続のための世話人態勢と今後も高橋新市長との定期的な懇談を持つことを視野に入れた構想提案と意見交換も行ないたいと思います。新たな参加も含めて、どなた様もお気軽においで下さい。


☆6月30日(土)午後6時半~
☆中央公民館 第一会議室
☆主催:市民と議会の懇談会(呼びかけ:市原・清水)

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2012年6月22日 (金)

「政権交代」と「オール与党」考

■両陣営共、耳障りの良い政策だけ並べるエセ・マニフェストでは、「矢野市政」の次のステージは見えないし、方や「失われた16年を取り戻す」に足りる改革論もない。それでもなんとか選択しなければならないとすれば、エイヤッと場面を変えて少し俯瞰的な目から判断をしたいと思います。

■「矢野市政の清算」でワタシは気持ちの整理はできています。これ以上の長期政権は危険です。単に市役所に惰性や緩みが生じていると言う意味でなく、人口減少・財政縮小時代そして分権時代を生き残る改革論は「小さな政府と大きな公共空間」(福嶋浩彦・元我孫子市長)以外にありません。(矢野市政はココをサボタージュしてきました)そこのスタートラインに立ち戻るための「政権交代」が迫られているからです。

■だから、消極的ながら「高橋政権」を誕生させるしかありません。ただ、ここでもう1つ課題が出てきます。それは「共産を除くオール与党政治」による密室談合型政治への懸念という課題です。さて、ワタシは地方における「オール与党政治」のメカニズムの本質は「行政(首長)主導型政治」だと考えてきました。インチキな現行二元代表制を本来のバランスに、もっと言えば議会こそ中心の議会制民主主義を地方政府の再確定と共に実現しなければ、永遠に「オール与党政治」(その象徴の「八百長と学芸会の議会」)はなくならない。そういうものとして考えてみました。(だから自治体基本条例が課題なのです)

■そうしますと、単に自公民談合で議会がセレモニー化するという意味で「オール与党化の懸念」はあまり意味がないことになります。ですから、自公民も長期の矢野政権を可能にしてきた原因である二元代表性のウソに早く気がついて、そうならないための改革=議会の権限・力を拡大する議会改革に即座に着手すべきです。ここをサボタージュして石井時代のような「市長室の与党会議」で決めてしまうといった。安易なお手盛り政治の蜜の味の誘惑に負けてしまうなら、今度は完全に市民から見放されることを肝に銘じるべきです。

■(議会改革との関係ですが)ただし、もとより、市長(首長)のトップマネジメント発揮を否定することでは毛頭ありません。「都とのパイプ」で何かできるほど牧歌的な時代はとっくに終わっているのでそんな幻想は持ちませんし、まあ、カルロス・ゴーンまでは到底期待できませんが、せめて既得権益の「役人天国」を守ったなどと云われない程度の市役所改革のリーダーシップは発揮して欲しいと思いますよね。そのリーダーシップを場合によっては後押し、市民や役人に痛みを伴う改革を市長がサボったら徹底対決する議会、責任を分かち合う議会こそ、地方政府の時代の議会です。

■ですから、議会改革こそ狛江の自治、民主主義の最優先課題です。その意味で、補欠選挙が興味深いのです。瓢箪から駒のような新旧市民運動家の絹山、山田両氏の出馬です。マンション問題を封印して市長選の駒たることを自認する山田さんには少しがっかりですが、それは絹山さんも同じで「議会で田辺(第2期市民派市政)を支えます」では議会の独立性の放棄ともとられかねません。市長の刺身のツマが議会議員では断じてありません。そこはあえて批判させていただきながら、議会改革への挑戦はお二人とも宣言していますし、もし議会に登場できれば、ナショナルパーティの利害が優先する狛江市議会の中で必ず議論の媒介役になれると思います。

■ウーム・・・。市長選をめぐる頭の整理にお付き合い下さりありがとうございました。

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2012年6月21日 (木)

高橋陣営「マニフェスト」

■さて、連合部隊で調整が遅れた?高橋陣営の政権公約は32項目、年次計画(実施年度)が一切ないから決定的に不充分です。その上で、昨日書いた田辺ビジョンに欠落している行財政改革論がトップの大項目(8つの小項目)に書かれているという特徴があります。ここから始めなければ具体的な政策は空語だという認識はワタシラと共有できます。その一番の「民間にできることは民間で行い、小さな市役所を目指します」は地方分権改革の基本です。できれば「小さな市役所ながら、守備範囲の広い総合行政を担う地方政府を目指す」まで追加されれば満点だったのですが・・・。

■次に「入札改革」その次に「事務事業評価とムダな予算削減」が続きます。入札改革は地元業者対策でネックになり進まなかったのですが、私たちの提言を取り入れていただいたのかもしれません。(民主・正木市議のテーマでもあります)ただし市役所改革の本丸と思われる市長報酬削減や多選禁止条例、能力主義人事改革や外郭団体への天下り廃止まで具体的に書けないところに、「硬直化している財政の立て直し」と言いながら、その改革度(ココロザシ)の低さを感じます。

■さらに喰い足りないのは、「公共施設再編方針を抜本的に見直します」はまったく正しいのですが、市民にはナンのことかわかりませんよね。「新図書館(20億円?)は凍結します。時代遅れの公民館は廃止して市民活動センターにします」と根本教授たち検討委員会答申の選択と集中路線に戻しますとこれもはっきり言わないから争点にならないのです。(田辺ビジョンは新図書館推進)市民にとって一見ネガティブな政策はオブラートに包む、こんな中途半端さが逆に改革メッセージを伝わらなくさせているのです。

■ついでですが、「保育園民営化」こそ、「郵政民営化」ではないけれど、本来自民党などが一貫して主張してきた「小さな市役所」論の正当な改革論であるのも関わらず、これも封印してしまっています。そして市民の飛びつきやすい「都とのパイプ」を活用した「水道局用地市民運動場」や「水道道路安全策」の箱物バラマキに一点集中させるという、田辺陣営を笑えないポピュリズムぶりには愕然とします。

■その結果、おいしいハナシの両陣営オンパレードで、「認証保育補助金」「幼稚園保護者補助金」「北部地域児童館」など子育て政策ではまったく同じ事が書かれています。だから市民に選択肢を与える対立軸・争点がみえない。争点隠しの政策集です。これでは、あとは組織動員が勝負、方や矢野市政のファンクラブを、方や自公民の身内をともかく動員するだけですから、おそらく前回を大幅に下回る40パーセント以下の投票率になってしまうのではないかと予想します。

■さて、両者の政策(マニフェスト)がお粗末だからとも云えますが、そもそも政策判断とは別にもう1つ、市民の投票行動を左右する価値判断がありますよね。それはかって、市長スキャンダルへのお灸として、当時野党のリーダーだった共産党市議矢野裕さんに政権交代を選択したように、長すぎて停滞した?矢野政権を変えるか否かです。その「政権交代」というキーワードに加えて「オール与党体制」をどう考えるか、次のテーマにします。

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2012年6月20日 (水)

田辺40項目VS高橋32項目

■両陣営共、マニフェストとしては落第ですが、まあ一ヶ月前の出馬表明を考えてそれ以上は追求しないこととして、両陣営の政策集の比較検討を試みます。昨日も書きましたが田辺さん自身が「新6つのビジョン」は市民との対話の中で加筆など仕上げてゆくと言っていたので私たちの「改革提言」も検討されるかと期待しましたが、まったくその跡はなく、当初の政策の一部に実施年度をプラスしただけだったのにはがっかりでした。

■田辺ビジョンの全体の印象ですが、矢野市政の延長で田辺カラーはほとんど見られないですね。まあ、「後継」ですから仕方がないのかもしれません。ただ、かすかに「北部地域に児童館」(年次不明)「多摩川花火開催」(26年度~)「自治基本条例検討」(26年度~)などが田辺さんの新規事業であり、「防災センター」とか「普通教室クーラー」などはすでに取り組まれている継続事業に過ぎないものですよね。特徴としては冒頭の「安全都市狛江」に9項目と大きな比重をかけている点です。

■ワタシ的に特に問題だと考えるのは、40項目(大項目6つ)の構成中、「行財政運営(改革)」への言及が唯1つ、40項目目の「徴収率向上など、市民の協力と内部努力による財政確立の努力」だけであることです。政権公約がポピュリズムに傾きやすいのは何も共産党さんだけの専売特許とは言いませんが、これでは何を持って新規・増額予算を確保するのか不明であるというだけでなく、如何なる(地方)政府を目指すのかビジョンがないと云うことになります。

■その件で、もう少し指摘しておきたいのは自治体政策の最高指針である「第三次基本構想・基本計画」(平成22年3月)との関係です。当該基本構想・基本計画はワタシラ市民委員の問題提起で7項目の2番目に「行財政運営」が注入されたのでした。従前の「基本構想・基本計画」の政策体系には不在だった「行財政」を入れ込んだのは、アレコレのまちづくりや福祉・教育などを総花的に美辞麗句で飾っても、それらを裏付ける行財政運営の改革がなければ空語ではないかと言う論理でした。私たち市民委員からすれば最後は行政により大幅に下方修正され、不満足な「基本構想・基本計画」ですが一度ご覧下さい。

■そんなわけで、矢野市政のコピーでしかない「田辺ビジョン」には、ほとんど魅力を感じないものの、唯一ですが、(すでに基本計画に盛られている)「狛江市の憲法・自治基本条例検討」だけが、遅ればせながらようやく課題として浮上させたことだけは評価したいと思います。次に高橋陣営の32項目を評価してみます。

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2012年6月19日 (火)

「マニフェスト」が消えた市長選?

■見えない市長選ながら、告示後の選挙公報が配布され、少しは市民の関心が高まってきたと思われる今日この頃ですが、皆様如何お過ごしでしょうか?お任せではなく、検証可能な政策一覧表(4年間の工程表)であるローカルマニフェストで主権者との契約を交わす選挙を実現しようねと出発したのが2007年(平成19年)公職選挙法改正でした。(「第百四十二条文書図画の頒布」で選挙期間中、A4版・1万6千枚配布可)
 
■ですから、前回平成20年の狛江市長選挙では、その法律改正の主旨に基づき、各陣営が「マニフェスト」と銘打った文書を発行しました。矢野陣営も「現市長のマニフェスト」、自民系・高橋(清治)陣営も「マニフェスト・あおぞら改革2008」がそれでした。その両者共、財源まで明示したものでなく、不充分ですが、それでも、4年間で実施する政策、その内○○年度で実現する政策等、実施年度を明らかにした具体的なものでした。

■それと比較して、今回の市長選2陣営の「マニフェスト」はどうでしょうか?先ず高橋陣営ですが、選挙事務所から頂いたA4版は確かにマニフェスト風でした。しかし、財源はおろか実施年度も一切書かれていません。ただし、「4年間で私はやります即断・即決・即行動」とタイトルで書かれているので、4年間で取り組む政策一覧表らしいということがわかる程度の精度の低いものです。

■方や、田辺陣営は「私の基本政策―新6つのビジョン」(最終バージョン)がサイトから見られます。当初の「ビジョン」から新たに追加した項目はなかったが、最終バージョンでは「実施年度」を追加しています。○○年度までに実現するもの、○○年度から着手するものと、それなりにマニフェスト風にはなっています。ただし、田辺陣営も、高橋陣営も「マニフェスト」の表記は(現時点で)一切ありません。あまりに恥ずかしいマニフェストなので堂々と名乗れなかったのではないかと推測します。

■そういう限界のある「マニフェスト」(政策一覧表)ですが、その範囲で私たち市民は選択しなければなりません。その上で両者の政策の評価についてですが、ここはすでに報告済みの「政策提言」がその判断基準になります。その点で田辺陣営は「当初案ビジョン」の一切の追加修正を拒みました。一方高橋陣営は部分的ですが私達の「提言」を取り入れたことが伺えます。さらに詳しい評価は明日にします。

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2012年6月13日 (水)

絹山VS山田の市議補選の方が面白い!

■市長選の方は、(4年間で何をやるかの)マニフェストがまだ出揃っていないので、顔や国政政党の推薦で選択する白紙委任状を拒否するワタシ的には最終判断を持ち越しています。それにしても、未だにホームページもない高橋陣営の発信力のなさは一体どうしたことだろう。自公民ネットの組織選挙で勝てるとの驕りだとしたら墓穴を掘るかもしれませんよね。

■ワタシは出遅れたための低投票率を懸念しています。そもそもの原因は基本的には、告示一ヶ月前まで決断を先送りした矢野陣営にあるのですが、一方、自公民の候補擁立がもたついた背景には矢野陣営が先送りした結果の「矢野出馬の亡霊」におびえた自公民があったと推測しています。はっきり言えば、矢野出馬がないのなら、わざわざ東京都官僚やそのOBにお百度参りして狛江に招聘することもなく、地元政治家でも充分戦えたのではないですかということです。

■その意味では「矢野亡霊作戦」は有効だったとの見方もできますが、そもそも両陣営共々こんな異常なドタバタ劇を演じた背景には、半年前から水面下で始まっていた矢野後継をめぐる狛江のナショナルパーティ同士(共産・自民主導)の密室談合に端を発していることを指摘しておく必要があります。それは狛江市役所幹部の中からの矢野市長後継者擁立劇でした。ナンのことはないそれが実現すれば「大連立」の文字通りオール与党体制出現でした。その大連立劇は春先まで続き、結局は本人が拒否して壊れたと聞きますが、そのハナシに引きづられ、結果的に今日の事態となったらしいのです。

■こんな裏話の暴露に何の意味があるかと言われそうですが、「市民が主人公」「市民派市政」と言い続けてきた矢野市政の最後がこのような「政党本位」の密室談合でその延命を画策するしかなかったことははっきり記憶に残しておくべきだと考えたからです。

■さて、今日の本題です。本体の市長選への選択がマニフェスト待ちの小休止なのに対して、市議補欠選挙を考えます。こっちの方も、市長選の玉突きで、同じくドタバタなのですが、ワタシは「豊かな会候補」ではあるものの、市長選とはまったく独自に「議会改革」を選択基準に絹山さんを「勝手連」で応援することにしました。これにはご批判もあろうかと思います。「矢野市政の清算を言いながら、矢野後継の田辺選挙と一体化した絹山市議補選に手を貸すとは利敵行為ではないか」という声が聞こえるからです。

■そこで言い訳に聞こえるかもしれませんが、ワタシ絹山勝手連の弁をコピーしておきます。(5月14日勝手連集会呼びかけチラシへの原稿です。実際のチラシはタイトルが変えられました)

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絹山さん!「矢野市政」の次は何処へ?
■矢野市政が終わった。「豊かな狛江をつくる市民の会」は「矢野ゆたか」にちなんでつけた名前でしたよね。絹山さんの中学校同級生でもあったその矢野市長が勇退宣言した現在、「豊かな会」(16年間)は一度解散し、次の枠組みの政権構想が期待されたが、時間もなかった。そして、その事務局長だった絹山さんは矢野市政後継の予定候補と連携して、市議補選に出馬する。ナントまあ義理堅いことか。私たちには終焉したと見た矢野市政だが、絹山さん(65歳)は、次のステージを見据えてか、キヌさん流のケジメなのか、いずれにせよ、市民運動人生を賭けた果敢な行動である。
■私達狛江市民は、矢野市政16年というものの「功罪」をしっかり噛み締めながら、次への選択をしなければならない。私は途中で矢野市政を見限った。市民参加・情報公開を定着した功績は肯定したい。だがその後、地方分権時代を生き抜くダイナミックな改革を躊躇し、政権の延命を優先した時、その使命は終わったと見る。その改革とは文字通り「市民が主人公」になるための地方政府たらんとする政治システムや市役所の改革であり、議会改革や自治基本条例制定である。
■キヌさんがもし議会に登場できたら、無党派一匹狼ながら、市政改革や、議会改革に大きな風が起きると確信する。それは生涯を注いだ市民運動を通じて、(また自治体労働者として)培った「住民自治」への確固たる信念の持ち主ゆえの期待である。頑張れ65歳キヌさん、体に気をつけて・・・。
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■このチラシが街に配布されている途中で、高橋陣営(自公民)側の市議補選候補が山田拓史さんに決まったという情報が入りました。例の巨大マンション紛争の当事者で、反対運動の若きリーダーです。私はマンション問題に深くは関わっていませんが、彼とは自治基本条例研究会等公民館の学習会でもよくお会いしてきました。農水省の勤務経験がある英才で、何よりも、マンション問題で市の不作為を世に問い、狛江市のまちづくり行政に一石を投じる「行政訴訟」の原告団でも中心人物であり、その市民運動のリーダーとして(一党一派に偏らない)その力量は高く評価されている方です。

■このマンション問題に及び腰だった自民党が、よく山田さんの補選出馬にOKしたねということもありますが、言ってみれば新旧の?市民運動のリーダーである絹山VS山田の市議補選でもあります。まちづくり活動にも熱心な絹山さんはこのマンション問題に対して「巨大マンション問題での市民要望への対応や情報提供の不充分さなど、まだまだ市政改革は道半ばといえます」とチラシにも書き、豊かな会内外でも、都市計画行政の失敗や一年間ダイオキシン情報を隠蔽した矢野市政への批判を公然としてきました。

■山田さんはまた、この度の私たちの「市政改革提言」づくりにも彼のビジョンを提起していただくなど議論の輪に加わっていただきました。いずれにせよ、これで矢野市政の最終版で起きた「巨大マンション問題」が市議補選・市長選を通じて争点の1つに浮上したことは大いに意味のあることだと思います。山田さんの正式な出馬表明やその主張など明らかになりましたら、またこの市議補選について考えてみたいと思います。

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2012年6月 7日 (木)

JC公開討論と低投票率の懸念

■昨晩、エコルマホールの公開討論会を覗いてみた。聴衆は約200~300人程度だった。JC(青年会議所)の恒例行事で、選挙への関心を高め、投票行動を呼びかけるものである。できれば両陣営のマニフェスト作成が間に合って欲しいと願い行って見たが、やはり両候補への政策アンケート回答はお寒いものだった。そもそもJC側の設問が総花的で踏み込み不足だったこともあるが、各政策課題への両候補の回答文は、事前に擦り合わせでもしたように、驚くほど似た内容だった。

■二人の話も、これまでの発言を越えるものはあまりなかった。両陣営とも、意識的に政策争点を戦わせる選挙と云うよりは、人格や経歴そして所属政党による差異を強調する選挙、つまり組織選挙を望んでいるようである。これではそもそも知名度の低いお二人で、出馬次期も遅い上に、政策の違いもさほどないとなれば、間違いなく「低投票率」が予想される。せっかくJCが応援してくれているのにである。

■だからこそ、マニフェストが大事になってくるのだと言ってきているのだが、特に挑戦者?である高橋くにひこさんの昨日の発言は、時々、(思考停止の)「共産政権批判」をしていたが、これはむしろ政策に自信がないからと誤解されるかもしれませんよね。「財政改革」にしても、「行政(組織)の見直し」の中身を語らない抽象論では田辺さんと変わらないし、保育園問題も自民党がかねて持論の民営化論を封じては、これも争点にならない。

■遅れていった私が聞いた限りだが、唯一の違いが「新図書館が身の丈に合っているか考えた方が良い」と「公共施設再編計画」の白紙からの見直しを高橋さんは明言し、市政改革への手掛かりを唯一感じた一幕だった。(田辺さんは新図書館を市民の願いとして計画に沿って進めるとの発言だった)あとはまったく対立軸が見えないその意味でつまらない政策討論会だった。一刻も早い「マニフェスト」の公表が待たれますよね。

■追記~ユーストリームで前半の質疑もチェックしたら、「保育園民営化」について高橋さんは「長い目で見れば(市立)保育園の民営化は必要」と答えていました。あしからず。

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2012年6月 1日 (金)

矢野市政の精算と何か(その2)

■地方分権改革という自治体改革戦略は一口に言えば「地方政府としての自立」です。(だから「自治体の憲法」=「自治(体)基本条例」という自治体運営の基本ルールづくり~橋下流に云えば統治機構のあり方を変える~が全国の自治体で課題になっているのです)その分権改革戦略を踏まえないアレヤコレヤの思いつきの改革はブレーキとアクセルを同時に踏む失敗に至ります。その良い例が、目的は野放図な箱物づくりの抑制のはずが、新図書館(20億円?)を復活させ、駅前三角地複合施設(4億円)を浮上させた「公共施設再編計画(方針)」です。

■さらに問題なのは、この新図書館復活に正面からNO!と言えない市議会(野党)の姿です。ここで思い出すのは、平成13年9月議会のある光景です。体協からの「水道局用地スポーツ公園化陳情」(40億円)に、財政も顧みず自公民共揃い踏みで賛成した事件です。(その後、矢野市政は市民グランド(和泉本町)売却騒動を経て、スポーツ公園化は頓挫し、公共施設をめぐる長期計画の必要性の認識、財政危機対応策検討へと向かう)今また同じ過ちを犯そうという矢野市政に対して、市議会もまた事実上同伴しているという深刻な実態です。痛みを伴う「選択と集中」計画が実施できないはずですね。だから(みんなで渡れば怖くない)オール与党体制だと言っているのです。

■ですから、この「新図書館」にNO!と言えるかどうかが、その候補者の改革度を測るバロメーターだと言えます。それはともかく、ナゼこんなポピュリズム(大衆迎合)が狛江市役所を覆っているかそのメカニズムにもう少し迫りますが、それは、先ほど述べた「分権改革戦略論」が不在であることに加えて、議会(議員)が「市役所村落共同体」に同化してしまい、知らず知らずに既得権益防衛隊に組してしまう落とし穴の問題があります。

■ほんとだったら、財政規律を無視した水ぶくれ公共施設計画(新図書館など)に議会が体を張ってこれを阻止しなければ、二元代表制(牽制機能)の意味がないのに、現実は圧倒的に首長側(行政)優位の、タテマエだけの「インチキ・お飾り二元代表制」なので、オネダリ・擦り寄り路線(オール与党体制)が常態化してしまう地方議会の姿がそこにあります。そこでは行政の描くシナリオを演じてみせる代償にドブ板・地元要求を応えてもらうなどの利害関係の共同性が生まれます。

■これは地方自治講座や自治基本条例研究会等、議会基本条例の学習を済ませた方には繰り返しになりますが、例えば、最も自治体政策の集大成である「市基本計画」(10年計画)の策定に議会は関与することも出来ません。当然、その下位計画の「公共施設再編計画」にも触れることはできません。例え、一般質問でこれに反対を表明する程度のことは痛くも痒くもないのが行政です。

■単年度の予算や条例の議決だけでなく、行政活動の本丸=政策の集大成である基本計画策定等に議会を関与させないなど(もっと言えば、そもそも議会招集権を首長が持っているなど様々な首長側の権限過剰システム)の行政優位、行政主導型の政治こそ、真の市民代表である議会の優位に変えなければ、牽制機能は果せず、結果、その役割の矮小さ(惨めさ)をカモフラージュするがごとくの赤絨毯の議場や報酬等議員特権待遇で、何かしら権威を得ているかの錯覚に陥いらせ、そして行政官僚の手に内に踊らされる「八百長と学芸会」(片山義博・元総務相)のオール与党議会の誕生なのです。

■もうお分かりでしょうが、そこを解決するのが議会(運営)基本条例等による議決範囲の拡大なのです。すでに、こうした自己反省を踏まえた議会改革を集大成した「議会基本条例」が平成18年栗山町議会を初めとして全国に拡がっているのです。議会改革の中心軸はこのような議決範囲の拡大と、それを、責任をもって熟議し議決できる環境整備としての「自由討議」(驚くかもしれませんが、なんと議員同士の議論は想定されておらず、行政への質問のみの儀式でした)と、年間60日しか働いていなかった議会開催日の「通年議会化」。そしてネット放映等の「公開性」や傍聴者等の市民発言、政策提案を受け入れる(議会への)「市民参加」の拡大です。

■ですから、(市長選挙なのに議会が問題だというと、一見首を傾げる向きもあるかもしれませんが)「議会改革」も重要な隠れた争点なのです。ココで、やっと本題の「矢野市政の清算とは何か」にたどり着きました。矢野市政は地方分権改革をネグレクトし、旧態依然の行政主導型政治(刺身のツマ議会)を温存することで延命してきたのだと思います。そして、その裏返しになりますが、片や野党・自公民にも分権改革論者・議会改革論者が不在だったことがその延命に手を貸してきたということになります。

■ここで終わってもいいのですが、もう1つの論点を付け加えます。矢野市政の「市民参加(条例)」(平成15年)は確かに功績であり、今日では全国標準装備ではあります。(正確に言えばもはや時代遅れです)しかし、ここにも行政主導型政治を温存する仕掛けが隠されてきました。参加協働条例をよくお読みいただければお分かりですが、最も肝心な問題は「行政活動への参加(意見反映)」に限定された「市民参加」だと云うことです。

■参加条例によって、確かに多くの政策形成過程への「参加」は実現されてきました。しかし、その体験をした多くの市民に達成感、民主主義の実感が得られないという状況が産まれています。それは相変わらず御用学者などを動員するアリバイ・ガス抜き審議会が常態化していると云うこともありますが、本質的には、政策決定過程への関与できないストレスなのです。

■決定過程とは本来議会の役割ですが、上述したようにその議会で議決できる範囲が限られていることに加え、これもすでに述べたように、議会が本来の「市民のヒロバ」でなく市民の関与を極めて狭くしているからです。そもそも「陳情・請願」などと云う時代錯誤の制度自体をなくし、「市民政策提案制度」とするのが、「議会基本条例」なのです。

■追加で「矢野市政の清算」に加えれば、「古い市政」と呼んだ「閉ざされた」「地元名士のとりまき政治」(密室談合型政治)は確かになくなりました。もはやそんな時代ではありませんので・・・。しかし、2000年(平成13年)から始まった地方分権改革に背を向けてきた結果、行政主導型政治から「市民本位の市政」、「市民が主人公の市政」に転換するチャンスを決定的に遅らせてきたことの罪をどう考えるかと云うことになります。

■とりあえず、矢野市政が実は行政官僚制の枠内だったとする清水流の実験的総括とします。皆様の異論・反論をお待ちします。

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