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2012年6月22日 (金)

「政権交代」と「オール与党」考

■両陣営共、耳障りの良い政策だけ並べるエセ・マニフェストでは、「矢野市政」の次のステージは見えないし、方や「失われた16年を取り戻す」に足りる改革論もない。それでもなんとか選択しなければならないとすれば、エイヤッと場面を変えて少し俯瞰的な目から判断をしたいと思います。

■「矢野市政の清算」でワタシは気持ちの整理はできています。これ以上の長期政権は危険です。単に市役所に惰性や緩みが生じていると言う意味でなく、人口減少・財政縮小時代そして分権時代を生き残る改革論は「小さな政府と大きな公共空間」(福嶋浩彦・元我孫子市長)以外にありません。(矢野市政はココをサボタージュしてきました)そこのスタートラインに立ち戻るための「政権交代」が迫られているからです。

■だから、消極的ながら「高橋政権」を誕生させるしかありません。ただ、ここでもう1つ課題が出てきます。それは「共産を除くオール与党政治」による密室談合型政治への懸念という課題です。さて、ワタシは地方における「オール与党政治」のメカニズムの本質は「行政(首長)主導型政治」だと考えてきました。インチキな現行二元代表制を本来のバランスに、もっと言えば議会こそ中心の議会制民主主義を地方政府の再確定と共に実現しなければ、永遠に「オール与党政治」(その象徴の「八百長と学芸会の議会」)はなくならない。そういうものとして考えてみました。(だから自治体基本条例が課題なのです)

■そうしますと、単に自公民談合で議会がセレモニー化するという意味で「オール与党化の懸念」はあまり意味がないことになります。ですから、自公民も長期の矢野政権を可能にしてきた原因である二元代表性のウソに早く気がついて、そうならないための改革=議会の権限・力を拡大する議会改革に即座に着手すべきです。ここをサボタージュして石井時代のような「市長室の与党会議」で決めてしまうといった。安易なお手盛り政治の蜜の味の誘惑に負けてしまうなら、今度は完全に市民から見放されることを肝に銘じるべきです。

■(議会改革との関係ですが)ただし、もとより、市長(首長)のトップマネジメント発揮を否定することでは毛頭ありません。「都とのパイプ」で何かできるほど牧歌的な時代はとっくに終わっているのでそんな幻想は持ちませんし、まあ、カルロス・ゴーンまでは到底期待できませんが、せめて既得権益の「役人天国」を守ったなどと云われない程度の市役所改革のリーダーシップは発揮して欲しいと思いますよね。そのリーダーシップを場合によっては後押し、市民や役人に痛みを伴う改革を市長がサボったら徹底対決する議会、責任を分かち合う議会こそ、地方政府の時代の議会です。

■ですから、議会改革こそ狛江の自治、民主主義の最優先課題です。その意味で、補欠選挙が興味深いのです。瓢箪から駒のような新旧市民運動家の絹山、山田両氏の出馬です。マンション問題を封印して市長選の駒たることを自認する山田さんには少しがっかりですが、それは絹山さんも同じで「議会で田辺(第2期市民派市政)を支えます」では議会の独立性の放棄ともとられかねません。市長の刺身のツマが議会議員では断じてありません。そこはあえて批判させていただきながら、議会改革への挑戦はお二人とも宣言していますし、もし議会に登場できれば、ナショナルパーティの利害が優先する狛江市議会の中で必ず議論の媒介役になれると思います。

■ウーム・・・。市長選をめぐる頭の整理にお付き合い下さりありがとうございました。

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