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2012年8月11日 (土)

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■地方自治講座~夏季集中講座~第一日の8月9日(木)は今井照「市民参加の論点」を読み合わせしました。参加者5名と少なかったですが、この程度の人数の方が丁寧な議論ができます。といっても読み合わせ(A410ページ)に時間がかかり、その半分はガッテンできても半分は未消化の感がありました。10年前の今井論文が今日の到達地平から見て古いのか?そもそも今井の「自治体学」自体が私達素人にはハードルが高いのかどちらかですねと感想を言い合いました。

■そのガッテンな部分は「市民参加の概念図」により、その類型的整理を行い、「行政参加」と「政治参加」を分けて考えることでした。選挙(代理人に政策を信託)や住民投票などが政治参加の典型であり、一方、自治体計画策定過程や首長の立案の条例づくりへの参加は「行政参加」です。現行の市民参加と呼ばれる多くが行政参加というカテゴリーに属するということを確認しました。(ちなみに現行「狛江市市民参加協働条例」は「市民参加」を「行政活動への意見反映」と限定しています)

■その上で、今井教授は「よくよく考えると、そもそも議会というのは市民参加の本家です。市民参加を制度化したのが議会ともいえます。逆に考えれば、議会が市民参加の機能を果たしていないから、別の形で市民参加が試み始められているとも言えます」とアメリカの自治体議会制度を引き合いに、議会と市民参加の関係の基本的あり方を示し、「(だから)市民参加が進めば進むほど、議会のあり方が問われてくる」と述べています。


■さて、私達は、基本計画策定市民委員などの経験を通じて、委員会で合意した計画案がいとも簡単に行政側に書き変えられることや、議論沸騰で合意形成が期限までに間に合わないなどの際の審議会運営を「委員長職権」で行政事務局と手打ちしてしまうなど審議会の主導権を「御用学者」に与えている現状への不満など、公募型市民委員制を導入した今日もなお、市民参加へのフラストレーションが存在する現状をどのように打開したら良いのかという「市民参加の次のステージ問題」を自治基本条例研究会などで格闘してきました。

■そこでの結論は、現行市民参加制度の改善としての「市民委員過半数制」等審議会改革や常設型市民投票制の検討も必要ですが、抜本的には政策決定過程への参加、つまり議会への参加の道筋をもっと太くする以外にないというものでした。事実、市民参加協働条例改正案を審議中に当該委員であるIさんは「議会への参加条項」を提案されたのでした。(なお、行政主導の我が「市民参加審議会」はこの提案を受け止める議論水準にありませんでした)

■従って、自治基本条例研究会で得た結論である“議会への参加(つまり議会の開放)なくして市民参加の満足度は高まらない”という私達の気持ちをしっかり裏打ちしてくれたのが「今井照の市民参加論」ということになります。そして、その地方議会改革を含めて「市民自治による自治体の市民管理」(松下圭一)であり、分権時代の地方政府としての自立に向けた立法改革としての「自治体運営条例」(「自治基本条例」)とは何か、を発信源の松下圭一論文の読み合わせが次回8月16日、集中講座2日目です。(6時半~公民館第1会議室)熱中症気味でアタマも廻らない中ですが、頑張りましょう。


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