国政・民主党政権

2010年1月29日 (金)

“検察の正義”と“政治とカネ”

■パブコメ中の基本計画については暫し小休止の中で、このところ整理できず思考停止状態になっているのが「小沢問題」である。マスコミに対する検察のリークは「エサをもらうための検察報道」(河野太郎)であることはどうやら真実らしい。そんな発言を含めてこのところ私を釘付けにしているのがブログ・サイトの「The Journal」である。第一線のプロフェショナルなジャーナリスト等による「大政翼賛会・瀕死状態のマスメディアに代わる」ブログジャーナリズムを主宰するのが高野孟(はじめ)である。

■そこには「田原 総一朗」「二木啓孝」(ふたつき)「大谷 昭宏」「二見 伸明」「宮崎 学」「岸井 成格」「相川 俊英」「辺 真一(びょんじんいる)」「神保 哲生」「田中 良紹」「山口 一臣」「財部 誠一」など蒼々たるブロガー陣がいる。朝日(1月28日風考計)にも紹介されていたが、「民主党のブレーン」である高野孟は「鳩山政権は検察権力の横暴と対決せよ!明治以来の中央政権の主役だったのは官僚権力であり、その頂点にある検察権力と血と血を洗う戦いに突入するのは必然。民主党の革命と検察の反革命の対決」と言う。

■高野のアジテーションもすごいが、公明党から自由党と小沢の信奉者である二見伸明の「本物の革命家小沢への恐れ」から「キバをむいた検察のクーデター」とこれも舌鋒鋭い。そんな「ジャーナル」に刺激を受け、これまで関心外だった「特捜」「検察」の本質について勉強しないとダメかなと思い、その方面の本を注文した。“「特捜」崩壊・堕ちた最強捜査機関”(石塚健司)“知事抹殺・つくられた福島汚職事件”(佐藤栄佐久)“汚名・国家に人生を奪われた男の告白”(鈴木宗男)などである。

■東大教授・御厨貴が言う「小沢一郎を追い詰めて、検察はこの国をどうしようとしているのか」や、TBS政治部記者の武田が言う「民主国家VS法治国家の対決」構造を考えた時、「国滅びても正義を実現する」という「特捜・検察」(制度)とは一体何なのか接近してみたい。

■もう1つのあたまの整理は「政治とカネ」問題である。「ジャーナル」の田中良紹(よしつぐ)の平易な文章ながら、各国の政治制度などを踏まえた説得力ある論説には目からウロコである。

■“企業献金は『悪』だと言う。なぜなら企業は「見返り」を求めるはずで、政治が企業の利益に左右され、公共の利益を損ねるからだと言う。一見もっともらしく聞えるが、なぜ企業献金が全て公共の利益に反すると断定できるのか。こうした考えは「民主主義の根本」を犯す事になりかねない。世界の民主主義国でこんな事を言う国はない。”(オバマの献金の7割?は企業献金だというハナシもある)

■“「利益誘導政治はけしからん」と言う人がいる。これも民主主義を否定する理屈である。民主主義政治で政治家がやる事は自分を応援してくれる人たちの主張を実現する事である。言い換えれば支持者に「利益」を誘導してやる事である。それを否定してしまったら民主主義政治は成り立たない。企業の利益を代表する政治家、労働者の利益を代表する政治家、女性の利益を代表する政治家、農家の利益を代表する政治家、それらの政治家がみな支持者のために働くところに民主主義がある”

■ “官僚が国民を支配する要諦は「守る事が難しい法律」を作る事である。(略)政治資金規正法も「守るのが難しい」法律である。みんなで同じ事をやっていても、取り締まる方が目をつけた相手は「摘発」され、同じ事をやっているその他は「お目こぼし」になる。これで政治家はみな官僚に逆らえなくなる”

■“政治資金規正法を厳しくすると、最も喜ぶのは官僚である。これで政治が官僚より優位に立つのを抑える事が出来る。政治が力を持てばいつでも「摘発」して見せ、メディアに「政治批判」をさせ、国民を「政治不信」に堕ち入るようにする。「政治不信」こそ官僚にとって最も都合が良い。これで政治家を官僚の奴隷にする事が出来る。その事に協力してきたのがかつての野党とメディアである”

■“「政治は汚い」と国民に思わせるように官僚は仕組んできた、それに応えてメディアは「政治批判」をする事が「権力批判」だとばかりに、口を極めて政治を罵倒し、官僚と言う「真の権力」にゴマをすってきた。国民はこの国の権力の本当の姿を見せられないまま、政治に絶望してきた”

■以上、田中良紹の論説からすれば、今「企業団体献金廃止」に収斂するかのような「政治とカネ」問題の解決策は全然的ハズレのハナシになる。自民党田中派以来の「金権政治家」として皮膚感覚が受け入れがたい「小沢」とは何者かも含めて、引き続きアタマの整理は続く。
 


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