橋下改革論

2012年4月10日 (火)

橋下改革は大阪のハナシか?

■4月6日(金)、「大阪府教育・職員基本条例」をテーマでディベートをと、「こまえ地方自治講座」を久しぶりに再開しました。結果は7名の参加でした。私より先に市原広子市議が自身のブログで感想を述べていただき恐縮でした。報告が少し間延びしたのはお花見のせいもありますが、同条例問題への私の思いとは別に、参加の皆さんの意外な冷めた反応に、ナゼそうなのか考え中でもありました。

■(偉そうに云えば)地方分権改革論者であるワタシ的には、大阪で始まっている「橋下改革」はものすごく見逃せないと思っています。ただし皆さんにとっては遠い大阪のハナシ?あるいは、橋下の登場は特殊大阪の事情があってのこと?なのかも。さて私がナゼ見逃せないと思っているかは後にしますが、参加者から出た冒頭のツッコミは「そもそも教育委員会制度ってナンなのか、その歴史や自治体行政との関係を含めて基本的な理解が必要ですよね」というものでした。

■そこで「キョーイクイインカイ」ってナニ?からハナシは始まりました。GHQによる戦後改革による「教育委員公選制」など「地方分権型・民衆統制(レイマンコントロール)」のアメリカ型「教育委員会法」の導入があったがその10年後、国家統制・中央集権化の「地方教育行政法」で公選制は廃止されたこと、また制度として「選挙管理委員会」「農業委員会」(国では人事院や公正取引委員会など)などと同様、首長部局から一定程度の独立性を保障された「(独立)行政委員会」に属すること、しかしその独立性も人事や予算権限が県や首長に握られていることから実際は空語に近い無責任体制となっていること、近年では安倍政権下の平成19年、「教育3法改正」により、愛国主義・伝統文化重視や学校評価制と議会への報告義務、教員免許更新制、文化スポーツ部門の首長部局への移管などの制度改訂があったこと、ゆとり教育から学力重視路線の問題など、教育行政をめぐる外観がアレコレ議論されました。

■さて、その上で橋下改革の「教育基本条例」について、全国初の試みであること、とりわけ「教育振興基本計画」を「知事が委員会と協議して、定め」「議会の議決」を行なうとしたことは、文科省も「基本法違反の疑い」と言うように、事実上教育委員会制度の解体を意味する大改革であること、一方「教育委員への罷免」や「学校長公募制」や「学校協議会」による学校経営への住民参加と「不適切教員の免職」にまで踏み込んだことに参加者一同ビックリでした。

■ただ、条例成立と同時に教育委員長等が抗議の辞職をするなど、ナゼここまでやるかについて、「正直、東京では考えなれないよね」「学力の低さや貧困率など余程大阪の特別の事情があるのだろうか?」との声に加え、実際4月からの条例運用でこのような“強権発動”が行なわれるかについて想像力の範囲を越えているかの反応でした。そこで狛江市の教育行政の問題を振り返りました。特に1昨年の第一中「自殺事件」への学校・市教委の対応の隠蔽体質や、一方でお飾り教育委員会とでもいうべきその非力さを指摘する意見も出されました。

■次に、「職員基本条例」ですがこれも驚きの条例です。「硬直的な公務員制度から決別する不断の改革」(当初案は「身分制的な人事の排除」だった)と前文に謳ったその条例の目玉は「職員の相対評価の導入や職務命令に3回違反した職員を分限免職の対象とする条項に加え、職員を5段階で評価し、最上位と最下位の評価を受ける職員の割合をそれぞれ5%にする」と明記したこれまで例がない人事評価制度です。ちなみに隣の稲城市に遅れること10年以上でようやく始まった狛江市の「人事評価に関する要綱」との対比も俎上に載りましたが、大阪府の制度が「減点法」なら、狛江のそれは「加点法」(のお手盛り馴れ合い)人事評価と言うべきですよねとは、Wさんの言でした。

■その他、これも驚くのが「管理職は公募」を原則とし、職員も民間経験者や「任期付き職員」の採用を進めるとあり、当初案からは少し後退したものの「出資法人等への再就職の禁止」「(民間への)斡旋の禁止」と、天下り原則禁止が謳われ、それらを監視し、分限・懲戒処分もチェックする「大阪府人事監察委員会」を設置するとある。議論の時間がなく、現存する「大阪府人事委員会」と「監察委員会」の役割分担の詳細は不明だが、人事管理への第三者機関を通した透明性の確保は間違いなく進むと考えられます。

■さて、基本条例の条文細部にわたるチェックまでは至りませんでしたが、少し拡げて「大阪都構想」などへの評価の議論も含めて、出席の皆さんとおおむね共有できたことは、文科省の円筒行政(上位下達)教育委員会を地方政府の手に取り戻す分権型改革論の1つの実験としては基本的に評価すべきであるということでした。教育委員会をどうするかは、遠くは出雲市長だった岩国哲人の改革や、穂坂邦夫志木市長の「教育委員会廃止論」(平成17年)だけでなく、ナント鈴木寛が主導した民主党マニュフェストも教育委員会解体論なのですから、決して橋下の独創ではありません。先を越されたことが問題なのです。

■(ここからは清水の後追い総括ですが)その上で、橋下改革の理念で決定的に問題なのは、教育委員会を事実上解体し、首長部局として総合行政化することは分権改革の理念に添ったものだからOKとして、その上での地方政府の統治機能の一元化(権力集中)の問題です。すでに橋下は府知事時代に「議会内閣制」として、“役に立たない”地方議会への批判を背景に首長と共に執行責任を担う議会への“解体再編論”も提唱しているのです。つまり、リーダーシップ論はいいが政策決定の広場・主権者住民代表の議会を首長の家来に(一体化)していいのかという問題です。

■強力首長制のもとで、“つけたしの(日本に固有な)インチキ二元代表制” の地方議会制度の改革論はまさに分権で多様な選択肢(シティマネージャー制など)をそれぞれの地方自治体に与えることに大賛成ですが、橋下改革の大統領型首長制ではなく、逆に議会こそ本来の民主主義の本家として民意の反映と統合性を担う制度設計もあるはずであり、それらの端緒が各地の議会基本条例(自治基本条例)による議会復権の動きです。仮に橋下の云うように執行責任を担う議会というなら公選首長は要らないというのがヨーロッパ型の地方自治モデルでもあります。

■繰り返しますが、主権者の代表性を有する議会(「首長は政策提案の選択を通した代表であり、現に首長は住民であることを要件とされない~地方自治職員研修」)こそ民主主義制度の根幹であることを忘れた橋下や名古屋・河村の地方統治機構改革論は地方政府を構想する分権改革の王道から外れたイレギュラーな“首長独裁型地方政府論”とでも言えるものではないかと考えます。少し教育・職員基本条例論からはみ出しましたが見逃せない問題がそこにもあると考えました。参考意見として皆様お考え下さい。(以上)

■当日資料:①大阪府教育行政基本条例・大阪府立学校条例、②大阪府職員基本条例、③「米国の教育改革・上下」(朝日新聞4月)④「地方分権改革論」(清水の市議時代発行物)⑤「教育委員会廃止論」(穂坂邦夫・志木市長)

| | コメント (0) | トラックバック (0)